【読んでみました中国本】ヴィジョンを持つためにきちんと考えるべきこと:内田樹・姜尚中『アジア辺境論 これが日本の生きる道』

『アジア辺境論 これが日本の生きる道』内田樹・姜尚中 (集英社新書)

正確に言えば、今回は「中国本」ではない。ですが、われわれが中国(あるいはその他の国々)と付き合おうとするときに考えなければならない、日本という国の立ち位置について知ろうと本書を手にとった。

発売からちょうど1年ほどの本である。一時は内田樹氏のブログが更新されるたびに目を通していたが、昨今はそれほど読んでいない。氏のブログを熱心に読んでいたのはわたしの北京時代の中盤、中国でもちょうどネットで読める評論が紙メディアを凌駕するようになった頃だったと思う。とにかくネットで読めるさまざまな論説が楽しくて仕方なかった頃だった。

今や中国のネット論壇もかなりしぼんでしまい、注意深く信頼できるインフルエンサーが紹介する記事を、その解説を読みながら目を通すことのほうが多くなった。手当たり次第とにかく声を上げ、論をぶち、荒々しくそれを展開させながら、けんかや論争を経て、論者も読者もその意味するところはなにかを自分自身で理解していく、といった過程を目にすることも減った。

中国ネットの熱意とはなんの関係もなかったはずなのに、気がついたら内田氏のブログも久しく読んでいない。当時、『街場の〜』シリーズも数冊購入したが、ここ数年すっかり視野に入ってこなくなっていた。あのときの自分の熱意はいったいなんだったんだっけ?と振り返りながら、この本をダウンロードした。

ただ、その後の読まなくなったとはいえ、中国専任ウォッチャーたちにはあまりウケが良くない同氏の『街場の中国論』は、中国駐在を終えたマスメディア記者たちの個人的な帰国記念のような出版物に比べると、ずっと一般の人が中国を理解する思考方法が詰まっていると思っている。

内田氏の書く現地事情には多少の現実とのズレはあれど、新聞記事しか書いたことのない記者たちの「わたしが見た中国」を羅列したまとまりのないものよりも、日本人が未知の世界を理解するために必要な道筋を、一般の日本の常識をベースに語っているからだ。

内田氏の中国論がなぜわかりやすいのかというと、そこで語られているのが理念だからだと思う。多くがまだ中国に行ったことのない、あるいは今後も行くことがないかもしれない日本人読者にとって最も関心のある中国とは、「今その瞬間、中国で起きていること」「目にしたこと」よりも「我われは中国をどう理解すればいいだろう」ということだからだ。

「中国で今起きていること」を脈絡もよくわからずにそのまんま記者の書く文字だけを記憶しても、その人が次に出会うかもしれない中国人との付き合いにはあまり役に立たない。特に新聞記者がライフワークにしがちな「事件」を現実の中国人の目の前で披露したところで、お互いの関係がうまくいくとは思えない。そういう意味で、「見たこと」「聞いたこと」は話題のツマのようなものであり、広く、深いお付き合いの公式にはなりえない。

他者とのきちんとした付き合いのための公式を求めるなら、っそれぞれがぶれない「理念」を身につけるしかない。残念ながらニュースを追い求めて右に左にと奔走する日本の記者たちの出版物には「目にしてきた最新情報」はあっても、読者がぶれない「理念」を学び取れるものはほとんどない。新聞報道の延長でしかないからだ。

●なぜ「見たこと」「聞いたこと」だけではダメなのか

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