【ぶんぶくちゃいな】ゲノム編集実験は理か情か、そのあいまいな現実

今週の最大の話題はなんと言っても、26日に突然発表された遺伝子書換え(ゲノム編集)双子誕生のニュースだった。エイズウィルス陽性の親から遺伝するウィルスへの抵抗力をもたせるためにゲノム編集で遺伝子を改変した双子の女の子が深センで生まれたと報道され、香港や日本、アメリカのみならず、中国のSNS――特にメディア関係者の間ではほぼこの話でもちきりとなり、中国語のネットには堰を切ったように記事が流れ始めた。

ニュース発表直後から、いつもわたしが目を通しているメディアアカウントやメディア人が紹介する記事を溜め込んできたのだが、手元にある参考記事は中国語だけですでにゆうに100本を超えた。特にゲノム編集を指揮した賀建奎・南方科技大学副教授ご本人が28日に香港大学で開かれた「第2回ヒトゲノム編集に関する国際シンポジウム」に姿を現したことも、メディアをヒートアップさせた。

日頃から参考にしているまともな中国メディアの論調も、一般には日本や欧米のメディアと同じく、倫理の視点からこのゲノム編集に対して疑問を呈するものがほとんどだ。さらに中国メディアが踏み込んだのは、こうした倫理に反するような出来事が、なぜ、どうやって、またどんな意志のもとでこの中国で可能になったのかという点だった。

このニュースを聞いたとき、たぶん読者諸氏の多くが抱いたであろう、「中国はなんでもやってしまうな」というイメージ(わたしも感じた)。それが「なんでも起こってしまう。なぜだ? そのカラクリは?」になるメディアが、わたしの言う「まともな」メディアだ。そんなまともな彼らの記事はすでに背後に横たわる問題の数々をあぶり出している。

その「背後」とはどんなものなのか? 

まず最初に、世界中の耳目を集めたこの突然の発表に、中国、とくに中央政府は少なくとも「心の準備が出来ていなかった」ことが伺える。

というのも、26日午前11時に中国共産党中央委員会機関紙「人民日報」傘下のニュースサイト「人民網」はこのニュースを、「世界初、エイズ免疫ゲノム編集による嬰児が中国で誕生」というタイトルで伝えている。その文面からは、このニュースが世界に巻き起こした「倫理」に対する懸念は一切感じられない。

記事はまず最初の段落で、このニュースを「中国のゲノム編集技術において、疾病予防分野での歴史的な突破である」と述べ、続けてその手法を紹介している。

賀建奎氏によると、ゲノム編集手術は一般の試験管ベイビーの過程に一つ手間を加えたもので、受精卵となったとき、Cas9と呼ばれる蛋白と特定のガイド配列を、髪の毛の20分の1の細さの5マイクロメートルの注射針でまだ単細胞状態の受精卵に注射するもの。彼のチームは「CRISPR/Cas9」ゲノム編集技術を採用しており、この技術は精確にゲノムを定め、書換えることができ、「ゲノムの手術刀」と呼ばれる。

上記、「蛋白」か、それとも「ヌクレアーゼ」とすべきか、専門的な視点からすれば、使われている言葉がいくつか単純化されているが、ここでは基本的に記事本文に使われている記事に忠実に訳した。

記事ではさらに、賀副教授の「少数の家庭にとって、ゲノム手術は遺伝型疾病の治癒と深刻な疾病を予防するための新たな希望だ」という発言を掲載。さらに、こうした研究が意味するのは、「憐憫の心」「虚栄心からではなく、重い病気のために」「自立した子どもたちへの尊重」「遺伝子に左右されない」「遺伝的な病から解き放されるため」であるという彼の主張を「5つの倫理的原則」として紹介し、全体的にこのゲノム編集が未来の希望であるかのようにまとめている。

そして最後に、「米国ピュー・リサーチ・センターが2018年4月にアメリカの成人2537人に対して行ったアンケート調査によると、まだ生まれていない嬰児が重い疾病にかかるチャンスを低減できるなら、ゲノム編集は有効的な医療手段だと60%のアメリカ人が賛同を示した」と括り、典型的な「中国スゴい」記事に上がっている。

そこではこのニュースに世界が示した、倫理に対する懸念には一切触れず、逆に「遺伝子に左右されない」という優生意識丸出しの論調が肯定されていた。

だが、そんな論調はわずか2時間後には、まったく別の論調の大波に埋もれてしまったのである。

●中国人科学者たちからも大批判噴出

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