【読んでみましたアジア本】『三体』に絶望した人も、これから読み始めるといい/劉慈欣『円 劉慈欣短編集』(早川書房)

日本でも大ヒットしたSF小説『三体』の作者、劉慈欣のデビュー作を含む13篇の短編SF集。うーん、これは面白かった。もうその一言。

ネット検索してもものすごい数の感想と高評価が並ぶ『三体』だが、わたしの周囲には「SFは嫌いじゃないが…読み続けられなかった」という人もチラリ。わたしもズラズラズラとならぶ、物理や天文学的な単語をしっかりと読もうとしてめまいを感じた一人である。そこで挫折した人も多かった。
もしそのことにあんなに話題の一冊なのに…と残念な思い(敗北感?)がある人には、まずこの短編集『円』を読んでみることをぜひともおすすめしたい。

13篇の短編の中には、『三体』を思わせるような複雑な専門用語が何行も連なる作品もあるが、実はそのあたりの一語一語にこだわらずに読み進めていく練習にもなる。

『三体』を歯を食いしばりながら1冊、あるいは上下巻を読み終わった人ならすでに気づいているはずだが、『三体』いや劉慈欣の作品は、実は出てくる知らない専門用語にこだわらずにストーリーを追うだけでその「厚み」を十分楽しめることがわかる。一方でその世界の人間でもないのに、妙に出てくる単語の細かいところが気になる人は「読み続けていくのが辛い」ということになる。彼のSFの醍醐味はそこにはないのだ。

劉作品のトリックというか「妙」は、その専門用語の羅列の中にはなく、語り口の重なりにあるのだ。ある意味、ストーリーを理解するためにはその専門用語を覚えておく必要すらない。それに気づく前に『三体』を諦めた人には、ぜひ手にとってほしい短編集である。

●思考を引きずられる心地よさ


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