【ぶんぶくちゃいな】「民の言葉」を消し去る権力とは

「わたしは広州市育ちだけど、広東語はあなたほどうまく話せない。香港に来て初めてそれが問題だと気付いて、とても後悔するようになった」

2年前、香港の大学院でジャーナリズムを学んでいた女子学生がこう言ったとき、さすがにびっくりした。とはいえ、中国では人の往来も多く、それこそ大都市広州くらいになると、他地区からさまざまな事情で引っ越してきて、そこで暮らすようになった人も多い。彼女のご両親はそういう人なのだろうか、と思った。

「いいえ、両親も広東省育ち。二人で会話するときは広東語を話しているけれど、わたしは学校でずっと普通話を習ってきたから、家族の会話はすべて普通話だった」

普通話、つまり中国の標準語である。広東語と区別するときに単純に「北京語」と呼ぶこともあるが、実際の普通話は伝統的な北京っ子が使う、本来の北京語とも違う。今では北京でもそんな北京語を耳にする機会は以前に比べてずっと減ってしまったけれど。

まだ20代そこそこの彼女は、広東省育ちの両親の下で広州で生まれ、育った。しかし、広東語は聞いて理解はできるけれども、「得意じゃない」ときっぱり言った。香港に留学して周囲が広東語だらけなのに驚いたが、人前で堂々と広東語を話す気にはなれないそうだ。そんなときに、彼女の目の前でわたしのような外国人まで広東語でコーヒーを注文したのだから、彼女はいたく傷ついたようだった。

「学校ではずっと普通話だったし、テレビやラジオも普通話。もちろんクラスメートとも普通話で話していたし、普通話でなんの問題もなかったからそういうものだと、なんの疑いも持たずに育ったの」

彼女は普通話で、ちょっと恥ずかしげに、しかし目をきらきらさせて言った。

「広東語がこんなに生き生きと使われているなんて、思ってもいなかった」

とはいえ、彼女がそのとき通っていた大学はほぼ英語での授業が行われおり、香港の大学院にどんどん増え続ける中国からの留学生の仲間に囲まれている彼女は、それでも日々のほとんどを普通話で過ごすことに違和感はなかったようだった。だが、それでも広東語がわかるだけに、「そろそろ卒業論文の準備を始めようと思っているのだけれど、中国では目にすることのできない、香港らしい事象を取材してまとめるつもり」と言った。

その一方で、卒業したら広州に戻るつもりだけれど、中国のメディアでは将来を描けないし、就職先をどうするのか、一番気になっているとも言っていた。その後、どうしているだろう。

●消えた上海語アナウンサー人材

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