メディア人すら信じていない日本メディアの力とは/「反中」産経新聞に兵糧攻め(FACTA)

とうとうまとまった記事が出た。誰が書いたかはわからないが、たぶん、産経新聞に近い人物ではないか。

「産経新聞の新しい支局長のビザが下りていない、もう半年くらいになる」と耳にしたのは、ちょうど2013年12月、「ニューヨーク・タイムズ」(以下NYT)の中国支局記者たちのビザ更新手続きが行われていないことが世界的なメディアで大きな話題に上がっていたときだった。NYTは同年、温家宝・元首相の一族の蓄財の記事をスッパ抜いたことで中国政府の嫌がらせを受けていると一般に言われていた。その話を知り合いの在中日本人記者との会食の場で調子に乗って話題に出したわたしに、その席にいた記者がそう言ったのである。確かもうひとり、やはり新たに赴任するはずの日本人記者のビザ発給が難航したが、そちらはその後出て無事に赴任できたという話だった。

ほかの日本メディア記者に尋ねると、みーんな知っていた。驚くほどにみながあっけらかんと「そう、だけど記事にはできない」と言った。NYTの話はがんがん書いてるのに?

「だって、我われがここで騒ぎ立てて産経さんにビザが下りなかったらマズいから」

…これまでこのことがマスメディアの文字になっているのをみたことがなかった。それを、FACTAが昨年10月号でこういう形で記事にしていた。

この記事に書かれているとおり、中国政府はあの手この手で外国メディアをやりこめようとする。この時、NYTの駐中国記者たちのビザは12月も末のぎりぎりになって更新された。在中外国人記者たちは毎年12月末にジャーナリストビザを更新することになっているというのを、この時初めて知った。

この翌年、NYTは別のメディアの北京駐在記者の転職を受け入れたが、その記者は「ビザ保証者を勝手に変更した」ことを理由にNYT名義でのビザ更新を拒絶された。彼はその後台北支局に所属して、そこから中国国内の人脈を使ってバンバン中国国内記事を書いていた。昨年、NYT香港支局を訪れるチャンスがあったのだが、その記者がそこにいた。面識はなかったのだが、思わず声をかけると、ニヤリと笑って去年香港に異動したと言っていた。

だが、このFACTAの記事が出たのがちょうどその頃。わたしが最初に耳にしたときから5年も経っている。記事ではたくさん日本の新聞社の中国総局経験者の話を引用しているが、みな匿名だ。筆者の名前もない(たぶん、同じような新聞社の中国総局経験者の1人だろう)。

この記事には、産経は「紙面で抗議を続けてきた」とあるが、少なくとも産経を読んでいないわたしにはまったく流れてこなかったし、他の新聞社も書いてこなかった。なんどもいうが、NYTの事件は「報道の自由の侵害だ」とかいって取り上げていたくせに。

この記事にあるように、新聞協会が産経のビザが降りなかったことを理由に訪中団をキャンセルしたというのは正しいと思う。だが、その前にたびたび続くこうした中国政府の嫌がらせに対して、なぜ日本のメディアは声を上げようとしてこなかったのか? NYTのビザは下りたではないか? 

もちろん、世界に名だたるNYTと産経では格が違うといえるかもしれない。だが、最も大きな違いは、日本のマスメディアはそこで働く当事者ですら報道することの力を信じていないことだ。ペンは剣よりも強し、ではないのか? 

わたしにとってこの記憶は、日本のマスメディアが口にする「報道の自由」に対する不信感として焼き付いた。昨年、香港で参加したジャーナリストフェローシップの際にも、アジアから来たフェローたちを前に日本メディアの報道手法の一つとしてこの話をした。「信じられない…」と、自国の政府と戦い続けるフェローたちは目を丸くした。

いまさら出てきたこの記事は中国政府をなじる形で書かれているが、それはそれとして、ならばその間事情を知っていたマスメディアはなにをしてきたのか? なぜ今になっても匿名でしか書けないのか? 

やっと出てきた「中の人」の記事だけど、この記事書いた人も「書いてやったぜ!」と思ってるのかもしれないけど、これまでの流れで明らかなように、メディアの中にいる人ですらメディアの力と「正義」を信じていないのだから、日本のマスメディア報道が本当の意味で力を持てるわけがないじゃん。

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ひゃっほーい!
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Lost in Translation

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