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死者を冒涜してでも稼ぎたい?:Yahoo!「エキスパート」による、デマ情報の垂れ流し翻訳記事について

先日yahoo!ニュースが配信した記事を読んで驚いた。ある中国人留学生の死について触れた記事だが、中国のネットで流れた噂やデマを漁ってまとめて日本語に翻訳しただけの酷いものだったからだ。

というのも、記事に書かれた留学生のバックグラウンドも、生まれも、家族構成も、その他すべての情報が、中国のネット上で練り上げられた想像とデマによる報道を情報源にしており、書き手氏はそれをまるで自分が調べ上げたもののように並べ、ストーリーを展開していた。さらにオンラインから拝借した写真をこれまた自分の「論」の証拠のように使い、見も知らない、話もしたことのない、この留学生の生活ぶり、また死に至った様子について自分勝手な想像をめぐらしている。

最後はまた書き手氏の身勝手な想像で留学生の心情をまことしやかに書き並べ、留学生の死をあさってなものに結論づけていた。

書き手氏は「ジャーナリスト」を名乗っておられるが、このような丸パクリ状態の仕事ぶりのどこがジャーナリストなのか? さらにはそこに書かれた情報の裏取りを書き手氏は自ら行ったのか? 書き手氏は東京在住のようだが、ならば中国は無理でも、駐日大使館に事実確認を求めたのだろうか?

いや、書き手氏はこの記事を書くために一歩も自宅から出ていないだろう。もちろん、電話すらもしていない。やったことといえばすべて、家で中国のネットにアクセスして、目についたガセネタ満載の記事をもとに単語検索で情報を集め、それをそれなりに整形して翻訳し、そこに勝手な自論を貼り付けたに過ぎない。

筆者は書き手氏が自ら書き連ねたその情報の真実性を一つも証明できないはずだと断言できる。これがジャーナリストの仕事というならば、日本中のジャーナリストをバカにし過ぎである。

なぜ、そこまで筆者が書き手氏が採用した情報の一つ一つがデマだと断言できるのか?

それは、亡くなった留学生は筆者の長年の親しい友人であり、その死後に少しでも力を貸せないかと集まって相談している友人グループの中にわたしもいるからだ。そこには驚くほど多くの友人たちが集まり、またそれぞれが語る留学生の新鮮な横顔に驚かされている。その交友範囲の広さ、そして友人数の多さは、書き手氏のちっぽけな脳みそでは想像が及ばないほどである。さらにそこでは、書き手氏が参照したデマや想像で書かれた記事は逐一、シェアされ、すべて我われが手にした情報で推敲されてきた。

グループに集まる友人たちもデマや流言、時には亡くなった留学生に対する中傷や心無い言葉に怒り心頭だが、手元に集められた真実の情報は、必要時にふさわしい時機までは外に公開しないことで合意し、それが守られている。だからこそ、留学生の死をショッキングに書き立ててアクセス数を狙う輩たちは、途切れ途切れの情報をもとにひたすら自分の想像力を膨らませて記事を捏造するしかない状態なのだ。

<追記>なお、Yahoo!記事でもネックとなっている留学生の死因については、警察の解剖初見による死因証明はまだ発行されていない。これを執筆している時点でも友人グループを含めて誰も正式な死因を知らされていない。ネットデマは留学生のSNSに残された写真から勝手な想像を展開して死因を決めつけているが、留学する前の留学生は誰の目から見ても「超スキニー」な体型だった。また筆者はその「食」についても見聞がある。留学生の死後慌てて情報収集をした人たちはそのことにはまったく関心を払わず、ネットで拾った情報だけで自分勝手な想像を展開し、おもしろおかしくデマを流し続けているのである。なお、件の記事については当方はリンクをつけない。むやみにアクセスを増やしてやるひつようはないと考えているからである。

●ファクトチェックしない「エキスパート」?

問題の記事の書き手氏は「ジャーナリスト」と自称し、さらにYahoo!から「エキスパート」の称号を受けている。つまり、Yahoo!はその身分と情報性の確かさを社会に向けて保証しているに等しい。

なのに、そのエキスパートが、ネットのデマや流言をもとにまことしやかな日本語記事にまとめ、ショッキングなタイトルをつけて発表し、Yahoo!読者の目玉を引き付けて、そこから原稿料の割り前をもらっているのである。書いた記事の中身が真実かどうかは、Yahoo!どころか筆者にもまったく問題視されていないのである。それを読まされるあなたはどう感じるだろうか?

ネットから情報を得ることが悪いと言いたいのではない。今の時代、ネットを情報取得のツールとして使っていない書き手は、プロ・アマともにほぼすでに存在しない。だが、プロとアマの違いはそこで手に入れた情報をいかにふるいにかけるか、にある。

特に筆者は2003年に、作家の村上龍さんが当時主催していた「Japan Mail Media」(JMM)に中国から寄稿を始めた。日本のメディアが流さない中国民間社会の情報を、日本に伝えたいという思いからだった。

そのソースはほとんどがネットで、正直なところ、中国のネットに流れる情報をもとに中国事情の執筆を始めた、最初の書き手だと自負している。だが、当時は日本のメディアでは「ネット情報なんて……ケッ」と言われていた時代だった。

だが、無名の書き手だった筆者にとって、日本メディアのそんな姿勢はまったく気にならなかった。

というのも、当時筆者が中国のネットで目にする話題のほとんどが日本には伝えられず、その結果引き起こされた勝手な予測や日本的判断、間違った論点が日本にゴロゴロしていたからだ。そして多くの判断ミスが引き起こされていた。日本の大手メディアが目を通す政府系メディアではなく、ネットに流れる生身の現地情報を少しでも知ってもらうことで、日本側の決断者が現実にふさわしい決定が下せるように、という思いからだった。

実際のところ、当時の中国のネットは今と違い、大学生やIT業界関係者など知的素養の高い人たちだけが触れられる世界で、そこに流れる情報はかなりレベルの高い情報や資料が多かったし、討論も理想主義的なところはあったが、日本のネットとは比べ物にはならないレベルだった。まだSNSは存在していなかったが、それでも中国のサイトでたびたび人々が引用する名前などを目にするようになり、次第に「ネット発の著名論者」が生まれていることを認識できた。

●ネット情報不信から一転ネット情報礼賛したマスメディア

筆者が2009年6月に「Twitter」(現「X」)を始めたのも、そんな中国のネットの影響を受けたからだ。当時、日本では津田大介さんの「Twitter社会論」もまだ出版されておらず、ツイッターを知る人もそれほどいなかった一方で、中国のネット界ではツイッターのブームが起きていた。

だが、日本で同書が大きな話題になったにも関わらず、日本メディアのネット情報に対する不信感は、マスメディア記者たちの「ネット苦手感」もあり、固定観念化していた。2010年後半には中国のネット情報について理解してもらおうと、国際交流基金が「ネット論者」の一人であるIT技術者出身の中国人ジャーナリストを日本に招聘、筆者も通訳として同行した。

面白かったのは、ジャーナリスト氏が中国のネット事情を語る場に集まった聴衆のうち、日本マスメディアの中国担当関係者たちはあいも変わらず彼の話を聞いても、一律「ネット情報なんて信頼できない、ましてや中国のネットなんて」と口々に否定するばかり。だがその一方で、 IT業界関係者には「中国の生のITメディア事情が聞けた」と高く評価された。

また、ある新聞社に招かれて同社の編集委員というご高齢の方々を相手に講義した際、特別な計らいで若手記者たちも20人ほど同席した。講義が終わると、ジャーナリスト氏は興奮した面持ちの若い記者たちに「もっと話を聞きたい」と取り囲まれたが、編集委員諸氏が「いい加減に持ち場に戻れ」と彼らを蹴散らすのも目にした。やはりご年配の編集委員諸氏には「ネット情報なんて」という思いのほうが強いのが明らかだった。

しかし、中国人ジャーナリスト氏が日本でのスケジュールを終えて帰国してからわずか1ヶ月後の2011年1月には、北アフリカで「アラブの春」が発生。SNSを媒介にした反政府活動が起き、あちこちへと飛び火するうちに、日本メディアの中でも駐外記者がツイッターを利用して情報収集を始めた。それが2月に入ると「中国でも『アラブの春』を!」という呼び掛けが起こり、駐中国日本人記者たちが慌てて次々とツイッターデビューした。

さらに、同年3月には日本で東日本大震災が起きる。これをきっかけにその後、SNSが一挙にマスメディアの体制内に浸透していったのは多くの方がご存知の通りである。

だが、前述の「中国の『アラブの春』」にしても、311を経てから日本メディアが企画した「SNSと報道」特集にしても、記者たちのSNS不慣れは際立っていた。

というのも、「ネット情報なんて…」とバカにしていた立場から急遽アカウント登録したものの、そこで誰をフォローすればいいか見当がつかず、流れてくる情報を頭っから読み始めたからだ。同年末には、ある新聞社が「中国ネット言論における反日」をテーマに、中国のSNS「微博 Weibo」(以下、ウェイボ)上で「反日」の言葉で検索して見つけた、誰のものともわからない書き込みを「やっぱりあった! 反日発言」といった論調で取り上げて、SNS熟練者の失笑を買った。

今ではSNSのみならず、ネット情報を利用する最低限のリテラシーの一つのは、ネット上で目にした情報が信頼できるかどうかを判断するために、誰がそれを発信しているか、そして誰がそれをあなたの手元に届けているか、をきちんと見分けることだ。さらにそれを二重三重にファクトチェックすることも大事な要素である。ジャーナリストとしてネットを情報源にするならば、それはいわずもがなだ。

だが、Yahoo!の書き手氏はそれすらもせず、情報がデマかどうかは気にかけず、ひたすら記事を1本書きなぐり、アクセス数を稼いで原稿料に結びつけた。これでエキスパート、ジャーナリストなどと自称するとは、ひたすら呆れるしかない。

●原稿料のために死者を冒涜する「Yahoo! エキスパート」

そういう意味で、今回の記事は死者を冒涜し、読者を騙すという大変悪質なものだ。出所の分からない、デマばかりを連ねた「翻訳記事」に対して、Yahoo!側はいかに対応するのだろうか?

今やネットメディア業界は「アクセス数」がすべてに優先される時代である。特に日本のネットはひたすら「アクセス数」を追いまくり、その最たるものがYahoo!であることはよく知られている。さらに今やどのネットポータルサイトもYahoo!に自社記事が掲載されてアクセス数を稼ぐことにばかりしのぎを削っている。あるメディアではYahoo!でアクセス数稼ぎのために自社開発と称するAIまで活用して、「目を引くタイトル」作りを日々研鑽させているほどだ。すでにメディアの現場は記事の内容の推敲よりも「目を引くタイトル」ばかりに気を取られている。

そのYahoo!が「Yahoo!ニュース個人」と称して、個人の書き手に依頼して出稿してもらい、アクセス数に応じて原稿料を支払うシステムを開始したとき、実は筆者も出稿依頼を受け、しばらく個人の書き手として参加していた。

そこで取り上げたのは、やはり中国ニュースチェックで目にする日々のニュースのうち、日本のメディアが取り上げず、日本人が知らない現地事情を紹介するというもの。日本のマスメディアは米国大統領のペットの話は嬉しそうに書き連ねても、隣国中国における民間事情のニュースはすっぽり抜けているからだった。中国と日本の経済関係が国と国だけではなく、民間や個人同士の関係にまで密接になった時代に、中国一般人が目にしているニュースを日本人も知っておいたほうが良いと考え、そのような形をとった。

だが、2年間ほど出稿を続けたある日、突然Yahoo!編集部から「あなたのコラムは翻訳記事であり、オリジナル記事ではない。なので、あなたの個人ページを停止する」という一方的な通知を受けてわたしのコラムページはそれまでの記事ごと閉鎖されてしまった。Yahoo!からの連絡内容は担当者や担当局の名前も、問い合わせ先のメールアドレスも、もちろん電話番号もないままの、一方的な閉鎖命令だった。

よろしい、ならば、ということで始めたのがメルマガ及びこのnoteで展開している「中国NewsClip」(https://bit.ly/3EywPhk )だ。こちらは順調に成長して、たくさんの定期購読者によって支持されるようになり、当時いったいどうやって計算しているのか(すべての数字はYahoo!の手中にあるからだ)まったくわからなかったYahoo!の原稿料よりもずっとまともな購読料金を毎月受け取れている。

情報が必要な人は自分で探し求める。そんな読者に読んでいただければいいだけなのだ。Yahoo!なぞ必要ないのである。

だが、皮肉なことに、きちんとした情報ソースをもとにした翻訳記事の掲載を拒絶したYahoo!は、今やデマをソースに、そのファクトチェックすらしないままそれらを翻訳し、右から左に流してアクセス数アップを狙う人物に、「ジャーナリスト」「エキスパート」という称号を与えているのである。

ここから見るに、Yahoo!の情報プラットホームとしての価値もまた大きく疑問視されるべきであろう。そして、こんなYahoo!に振り回されてアクセス数ばかりに気を取られ、脳みそを使っている日本のメディア全体の無自覚、自信のなさ、そしてなによりもジャーナリズム精神の欠落ぶりを恥じるべきだろう。

230917 追記)
東京新聞から詳細な取材記事がでました。こちらの取材にはわたしも、友人たちも関わっていませんが、きちんと多角面から取材された記事です。比べてみると、Yahoo!エキスパート記事の無責任さが際立ちます。

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