【読んでみましたアジア本】世界のあちこちに存在する「中国」を拾い上げる/安田峰俊『中国vs.世界 呑まれる国、抗う国』(PHP新書)

2023年度の四川省成都市主催のSF大賞「ヒューゴー賞」にまつわる騒ぎについて記事を書こうとさまざまな資料を読み漁っているとき、欧米SFファンや関係者が訴える「疑惑」の既視感に困惑した。

外国の権威ある大賞の名誉や栄誉に預かろうとする中国の狙いは今に始まったことではない。そしてその目的遂行のためにできる限りの組織票を動員して自国に有利な状況を作るための、ゲリラ的な活動はお得意である。さらにはそうして手に入れた権利や権限を思い描いた結果作りのために目一杯運用するのは当然という考え方、さらにそのために外部(多くの場合海外関係者)を排除した中央キッチン(自在に采配するという意味で)で仲間内の合議制で物事を進めていくという手順――どれもこれもが、これまで中国に関わってきた人にとってはいつか目にしたことのある光景でしかない。どこからどう見ても、関係者の間で今大騒ぎになっているヒューゴー賞の舞台裏もまさにそれが積み重なっただけなのだ。

つまり、世界SF界の栄誉をネビュラ賞と二分するヒューゴー賞の名誉に浴するために虎視眈々と計画を練ってきた中国に、「うまくやられちゃいましたね」というしかない結果である。なぜそれがヒューゴー賞だったのかというと、2015年に中国人作家、劉慈欣が『三体』で同賞を受賞していることが最大の理由だ。さらにネビュラ賞は英語作品を対象に北米SFファンタジー作家協会会員が選出するのに対し、世界SF協会の年次会員費用を払ったSFファンなら誰でも投票できるヒューゴー賞は与し易い相手と映ったのだろう。

さらに、ヒューゴー賞を含む年次大会は毎年の主催地のSFファン組織が全権を握って運営を行うことになっており、それもうまく利用された形となり、英語圏のSFファンたちにとってトップ人気の受賞候補がノミネートの過程で排除されてしまった。その詳細はすでに公開した記事で確認していただきたい。

だが、わたしが感じた既視感こそ、SFファンたちが大騒ぎしているこの騒ぎを、中国ウォッチャーたちが取り立てて話題にしていない理由の一つだ(議論が、彼らの得意な中国語ではなく英語で展開されているというのももう一つの理由だろう)。「中国にまかせればこうなるよ…」と、ある意味当事者たちに冷水をぶっかける態度を取りたくなるのも分かる。一体「中国と世界」の距離感に、いつになったら世界の人は気づくのだろう?というのが、正直な感想である。

そして、そんな「中国と世界」に焦点を当てたのが、今回取り上げる安田峰俊著『中国vs.世界』である。2021年に刊行された本書を、筆者が手にしたのはこうした思いが脳裏をぐるぐる駆け巡っていたからだった。


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