【ぶんぶくちゃいな】アントは巨象に踏み潰された?

親愛なる投資家のみなさま:
 アントグループは本日、上海証券取引所でのA株上場計画を一時見合わせる旨の通知を、上海証券取引所から受けました。これを合わせて、アントでは香港連合取引所でのH株の同時上場計画も一時見合わせることを決定しました…

それは爆弾だった。11月5日に予定されていた国内A株と香港H株の両市場での上場を前に、「マー蟻集団 Ant Group」(「マー」は「虫」に「馬」。以下、アントグループ)フィーバーは高まる一方だったからだ。

10月末にはアントグループの実権を握るジャック・マー自身が公開の場で、国内におけるA株式申し込みが500万件を超え、そして購入抽選の当選率はなんと0.1267%の厳しい競争になったことを、自ら公開したばかり。それが直前の3日になって発表された通知で、上場ストップが宣言されたのである。

アントグループは、中国の大手ECサイトを運営する「阿里巴巴 Alibaba」(以下、アリババ)グループの骨幹事業の一つ、第3者支払いサービス「支付宝 Alipay」(以下、「アリペイ」)を運営している。クレジットカードすら普及していなかった当時、インターネットビジネスの根幹となる支払いを、アリペイ側が購入代金を一旦プールして購入者が届いた品物を確認した上で販売者側に支払うという形態を取ることで、見知らぬ者同士のビジネスを急拡大させた。現在ではアリペイの他、消費者クレジットや短期ローン、小型企業への融資サービスも手掛けている。

昨年には「アント・フィナンシャル」(「マー蟻金融服務」、「マー」は「虫」に「馬」)というそれまで使っていた名称から「フィナンシャル」(金融)を取ると同時に、貸付サービスの提供を、そうしたサービス提供者と貸付希望者を仲介するプラットホーム運営に切り替えた。

長い間、「中国最大のユニコーン」(ユニコーン=評価額10億米ドル以上とされる、創業から10年以内のベンチャー企業のこと)として上場が待たれていたが、創業から16年にしてやっと現実化しつつあった国内A株と香港H株の同時上場は、世界最高のIPO調達額を達成するだろうと言われていた。

その空前の期待感の真っ最中に落とされた、突然の上場延期宣言という前代未聞の出来事は、購入希望者、投資家、証券関係者のみならず、金融業界、IT業界などさまざまな分野に衝撃を与えている。

発表直後にまず広がったのは、10月24日に上海で開かれた金融サミットでのジャック・マーのスピーチの内容が当局の怒りに触れたのが原因という説。

マーは昨年、創業以来率いていたアリババグループの総裁職を引退したものの、グループの最高実権者であることには変わりない。このスピーチでも近々行われるアントグループの上場に触れていたし、金融サミットに出席したファンド関係者からは株式割当を増やしてくれるよう求める声も出ていたとされる。

確かにこのときの彼のスピーチは、大きな波紋を巻き起こした。彼は世界的な金融情勢に触れつつ、中国の金融システムとその監督管理について批判的に述べたからだ。そこでは「お前が言うか?」という声も上がった。アリババとアントグループが社会インフラの一部になれたのは、そんな体制の庇護を受けているからではないか、という論点だった。

そこに11月2日に突然、マー氏をめたアントグループ責任者ら3人が政府の金融管理担当の4機関が集まる場に呼び出されたというニュースが駆け巡った。そして3日の上場延期発表という流れになったとき、これらが因果関係の1本の線として結びつけられたのも分からなくもない。

だが、考えてみると不自然ではある。

というのも、アリババ創業以来この20年あまり、ゼロからオンラインEC業界の先頭を走り続けてきたジャック・マー、そして彼が舵を取ってきたアリババ、そしてアントグループはこれまでもなんども政府当局に呼び出され、傍目には圧力と取れる横槍を入れられたりして、方向転換を余儀なくされてきた。

そうするうちに政府首脳の外遊にマーが随行する機会が増え、当局との関係が蜜月に入ったように見えたが、それでも傘下の新サービスに対する当局から横槍は続いた(その一例はこちらの過去記事に書いた )。

つまり、アリババ、あるいはその代表であるマーと当局の攻防はこうして表沙汰になったものばかりではない。それこそ当局と日常的に丁丁発止を演じてきたはずのマーがここに来てそんな「だれの目に見ても明らかな」失態を演じるとは思えない。

ならばなにがこの爆弾投下につながったのか。まずはこの急転直下の裏に起こったことを探るために、10月24日の金融サミットでマーが行った「疑惑」のスピーチから振り返ってみたい。

●「中国には金融システムはない」

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