【ぶんぶくちゃいな】消えた「ITボーナス」:現代中国IT残酷物語

4月初め、いつものようにニュースチェックをしようと、中国のニュースアプリを立ち上げたら、あちこちのニュース記事で「996」という言葉が取り上げられていた。

996? さらっと話題にしているニュースサイトを見ると、印象的にIT系メディアが多いものの、若い人たちが目を通す経済メディアでもちょろちょろと記事が出ている。週明けに一挙に出てきた感じがあったので、ははーん、これは週末のネットでなにかあったんだな、とピンときた。

調べてみると、直前の3月末に匿名のITエンジニアが立ち上げた「966.icu」というキャンペーンが話題を集めていた。名もない1人のエンジニアが立ち上げたキャンペーンサイトが爆発的に広まったのは、その討論のためのサイトリンクが置かれていたのが、世界中のITエンジニアたちにとってなくてはならないコードソース管理サイト「GitHub」だったこと、そしてもちろんその呼びかけ自体もまた同業者たちの心を揺さぶるものだったからである。

「996.icu」の「996」とは「朝9時から夜9時まで週6日間勤務」、「icu」は「(それが続けば)病気になってICU(集中治療室)行き」を意味する。つまり、中国人ITエンジニアたちの過酷な勤務事情に不満を訴えるものだった。キャンペーンでは「Developers' lives matter」、つまり「エンジニアだって人間だ」と主張していた。

呼びかけ人はそこで、「我が国の『労働法』では8時間勤務が明文化されており、平均週間労働時間は44時間を超えてはならないことになっているはず」とし、「しかし、『996』を実施している企業では毎週最低60時間働かされていることになる」としている(注:9時から9時までなら12時間だが、昼夕食それぞれに1時間かけたとして差し引き、1日10時間×6日として算出したと思われる)。

キャンペーンでは賛同者に対して、「996企業ブラックリスト」への企業名書き込み、賛同者のサイトへの賛同バッジの埋め込み、ブラック企業の政府労働監督当局への告発などを訴えている。

さらにさすがだな、と思ったのは、賛同者がGitHub上などで無料で公開しているオープンソースコードを企業や個人が利用する際、その版権声明とともに企業所在地の労働法を遵守していることなどを条件とした「アンチ996許可証」を添付することを義務付けた点だった。つまり、ブラックリスト上(賛同者は企業名だけではなくその実態を示す社内文書などの証拠を提示する必要があり、そのチェック後に初めてリストに掲載されている)に名前のある企業は、賛同者が開発したオープンソースを無料では利用できなくした。

GitHubは世界中の3600万人を超えるウェブ開発者たちが利用するサービスで、そこではさまざまなコードがやりとりされている。もともとシェアや情報交換がやりとりされる性質を持つサービスであるために、この呼びかけはあっという間にエンジニアを中心に間に広まったのだった。

●ブラックリストに並ぶのは著名IT企業

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