【ぶんぶくちゃいな】留学生殺人事件に見る「一つの生命」、それぞれの言い分

先週の「中国NewsClip」でもご紹介した、「中国人留学生殺人事件」が結審し、日をおいて12月20日、中国人元大学院留学生、陳世峰被告に禁錮20年の実刑判決が下りた。

陳被告が付き合っていた中国人女性留学生を匿っていた友人の女子留学生が、陳被告に斬りつけられて死亡するというこの事件の裁判に、中国からは高い注目が集まっていた。そのために11日から東京で始まった裁判の様子を伝えようと、中国から多くのメディア関係者が取材に訪れ、約35席の傍聴席の抽選に早朝300人あまりが群がったという。

日本では事件発生直後に報道された程度で、この公判が中国でこれほど高い関心を呼んでいることに、ほとんどの日本メディアは事前に気づいていなかったはずだ。

わたしがそれに気がついたのは公判のちょうど1週間前だった。中国メディアで働く知り合いから「同僚に頼まれたんだけど、」と前置きし、「日本で中国人犯罪者の弁護をした経験のある弁護士を紹介してほしい」とメッセージが入ったからだった。彼女はそれがなんのためなのかは口にしなかったが、すぐに数日前からネットで話題になっていたこの公判のことだと察しがついた。少なくとも中国のメディアではこの事件の成り行きそのものだけではなく、初めて日本の司法制度を意識し、その論拠に関心を寄せる人たちが少なからずいたことは間違いない。

メディアがこうした姿勢を取ることは中国では珍しくない。ニュースの前線で働く彼らは自国の「不足」を一番良く知っているからだ。ただそれをいかにして伝えるか、という点は政治的に大変センシティブであり、さまざまな苦労をしてきている。だから、「外国の制度」を事細かに報道し、それを読んだ人々がそれぞれ現実レベルで自身が置かれた状況と比べて考える…という手法が選ばれることが多い。

だから、中国メディアの記事は字面を追うだけで理解できるものは少ない。行間を読みつつ、自分の知識と経験を引っ張り出しながら読まないとわからないものが多い。だから我々も「日本の事例が事細かに取り上げられている」だけで、ピキャーッと緊張して喧嘩腰になるのではなく、その一句一語がいかに使われているのかを注意深く読む必要がある。日本や外国の不備を指摘しつつ、言外に中国がその水準にも達していないことを匂わせている記事なぞごろごろある。

2011年に起きた東日本大震災でも、彼らの多くが日本の対地震、対被災者、対災害に対する緊急対策と判断、対応などに高い関心を持って現地に乗り込んだ。

彼らのほとんどが2008年に起きた四川省成都市郊外を震源とするマグニチュード8レベルの大地震で「異常事態」を体験したばかりで、日本でも常にその記憶と目の前の状況を比較し続けた。2000年以降の経済イケイケムードの中、雨後の筍のように増えたメディアとその記者たちにとって、四川地震は初めて、自国の多くの「不備」「不満」「不足」「不安」に直面した出来事だった。ならば先進国と言われ、また地震大国の日本がいかに対応するのか、それが中国とはいかに違うのかを学ぶため、中国メディア関係者の多くにとって、不謹慎な言い方になるが、「得難いチャンス」だったのだ。

今回の留学生殺人事件公判に対する中国メディアの姿勢の一部にも、その時と同じような意識を感じる。法律とその運用は今や中国でもさまざまな問題を引き起こしている。しかし、法務は直接国の政治に関わるために、深く斬り込むには大変な注意を要するのだ。

今回の裁判では事件の詳細が問われることになるが、その基本的な事実は陳被告が喧嘩したそのガールフレンドを匿った女子留学生を刺殺したということで大筋は明らかだ。ならば、「日本の法律がいかに事実をあぶり出し、裁くのか」の過程と論拠を知りたいと多くのメディア関係者が思っていた。

だが、裁判が始まってからの「過熱ぶり」に気づいて突然記事にした日本メディアの報道は、庶民やネットメディアが「司法の独立など日本の法制度との違いから感情論も目立ち、国営メディアが沈静化に動いている」などと、「情緒的な庶民(及びネットメディア) vs 冷静な政府と国営メディア」という「ネット=悪、雑」的な図式に落とし込んだものがあり、読んでいて唸ってしまった。

中国で取材しているあなた方はいったい、中国庶民の複雑な感情やメディア関係者の心のうちを本当にわかって記事を書いているのか?

●なぜ、中国メディアが殺到したのか

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