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都市対抗野球へ、ようこそ!

初めてこの大会に足を運んだのは、5年前の7月22日・月曜日。プレイボールは午後1時だった。
1300円を支払って、東京ドームのバルコニー席に辿り着いた。あとで知ったのだが、この大会では「タダ」で入場できるルートもある。だが、初めての僕は全く知らず、この席のチケットを買ったのである。
プロ野球ならもっと値段が張るはずの、見晴らしの良い席。そこから見下ろした光景に、僕は唖然とした。

一塁側も三塁側も、応援席はびっしりと人で埋まっている。
おかしい、今日は月曜日。そして、時間帯は昼間だ。なのになぜ、こんなに人が押し寄せているのだろう? マイナーな社会人野球の大会なのに? なぜ?

試合が始まると、ますます不思議な展開となった。応援席から威勢のよい声と、ブラスバンドの心地よい音色が流れている。そして、観客席にいる人々は、タダで支給されたマフラーを掲げたり、うちわを仰いだり…。その動きに乱れは一切無かった。

なんだこれ。
怖い。

正直に言おう。第一印象はこんなもんである。会社の野球部に対して、ここまでホイホイ従うだなんて…(今思えば、その頃の僕は、当時所属していた職場と相当険悪な関係にあった。このことも嫌悪感を抱く原因になったのかもしれない)。
試合内容はあまり覚えていない。ただひたすら、観客席の動きを見ていた。その記憶しか残っていない。(そして試合後、第2試合を待つ長蛇の列にまたまた驚いたのである)

   ◆

西日本における「夏の野球」が甲子園ならば、東日本は都市対抗野球だろう。
都市対抗野球とは毎年夏に開催される、社会人チームが参加する野球トーナメント大会である。80回以上開催された、歴史あるものである。
社会人野球ということで、世間一般の認知度はとても低い。でも、もしも一度ご覧頂けたのならば、その熱気に圧倒されることを僕は保証したい。

多くの社員や関係者が駆けつけて、東京ドームは人で埋まりに埋まる。こんなに人が入るスポーツだったの!? とまず驚くに違いない。お立ち台では応援団の激励とチアガールの華麗な舞いに、ブラスバンドの音色も加わった華やかな世界が広がる。エンタテイメントとしての楽しさが、十分なほどそこにはある。
ダイヤモンドに目を向ければ、大の大人が1塁ベースに向かってヘッドスライディングをしている。高校や大学を卒業たばかりの、プロを目指す若者たち。彼らはハツラツとしている一方、どことなく野心的な要素も含まれている。そんな彼らに立ちはだかるのは、この会社を、そして都市の誇りを何年も受け継いできたベテランだ。もう速球は投げられないし、ホームランも放てない。ただ、変則的な投球フォームと程よく曲がる変化球で相手を騙したり、ここぞの場面でしぶとい一発を放つことはできる。
そして、少しひねくれた人間がここにはいる。補強選手だ。本大会参加チームは、地区大会で敗れたチームから最大3名まで大会限定で加入させることができる。サッカー風に言えばレンタル移籍だ。この大会が会社を代表しているのではなく、都市を代表しているという建前がある以上、この制度は続いていくことだろう。選ばれた者は複雑な心境かもしれない。ライバルのために、だなんて。でも、そんな補強選手が、あれよあれよと救世主に変貌し、勝利へと導く。都市対抗野球の魔物に取りつかれてしまったのだろう。

そんな男たちが産み出していく、負けたら終わりの試合たち。敗者の中には、時に涙を流す者もいる。青春の続きが、この瞬間だけは許されている。

   ◆

というわけで、僕はあの日以降毎年、都市対抗野球に足を運んでいる。今ではこんな感じで、魅力を熱く伝える文章が書けるまでになってしまった。
これは著者個人の一方的な感想では? と思う読者もいるだろう。いや、そうではない。

2年前、「都市対抗野球ダイジェスト」というテレビ番組内でハッとする発言があった。話者は渡辺俊介投手である。
渡辺氏は2000年に千葉ロッテに入団。アンダースローを武器にエースとして活躍した。06年のWBCで代表に選ばれ、世界一を経験している。13年にロッテを退団し、メジャーリーグに挑戦。残念ながら独立リーグでのプレーに止まったが、高校、大学、社会人、プロ、そして世界とあらゆるカテゴリーを経験した稀有なプレーヤーである。
そして、彼は「新日鐵住金かずさマジック」で投手兼コーチとして在籍していた。その当時のインタビューである。

ありとあらゆるカテゴリーを経験した人間が、日本シリーズやWBCを経験した人間が、(多少のリップサービスがあるかもしれないけれど)そこまで言い放ったのである。
「都市対抗野球が、日本では最も愛される要素が大きい野球大会である」と。

   ◆

なぜ、渡辺俊介はそのような発言に到ったのか?
一つ仮説を提示するならば、「都市対抗野球独特のノスタルジー」ではないだろうか。

一戦必勝のトーナメント戦。負けたら終わりの空気感の中で、選手が魅せる全力プレー。リーダーとチア、そしてブラスバンドが織りなす応援席。選曲は実にわかりやすく、すぐに口ずさめて、盛り上がる。そこで歌い、歓声を挙げる観客の大半は従業員やその企業の関係者だ。そこには昔ながらの家族的な風土が広がる。やがて試合が終わる。勝者は敗者を、敗者は勝者を称えるエール交換で試合は〆られる。リスペクトが広がる光景…

あえて悪く言えば、古い世界観である。洗練された現代スポーツの世界では、こういう雰囲気好きです! というのはちょっと恥ずかしいかもしれいくらいだ。

が、この世界観に惹かれる人がいることも事実なのだ。

2018年現在、僕が都市対抗野球という大会に抱く印象はこの一言に集約される。
これはあくまでも僕が見ている世界だけでの話という点を記しておくが、都市対抗野球は野球ファンだけに愛されている訳では無い。むしろ、サッカーファンを中心とした他競技の、コアな人々も足を運び、その空気にハマり、熱心に情報発信されている方も多いのだ。

都市対抗野球という世界は、極めてガラパゴスである。
主催者である毎日新聞による情報寡占、社会人野球という、会社の従業員や関係者じゃなければ愛着の持てないキッカケの掴みにくさ。外からの流入が少ない故に、情報発信では遅れをとり、スタジアム内の空気感も昔の雰囲気のままだった。不況により多くの企業チームが廃部・休止の憂き目にあったのも、この大会が広がらない要因となってしまった。

しかし、新しいスポーツ体験に飢えていて、かつオリンピックやワールドカップのような「プロフェッショナルな空気」に飽き飽きした人間が、この大会に辿り着いた。都市対抗野球というガラパゴスな雰囲気が、逆に新鮮に感じられ、そしてある意味「最先端」だと捉えられた瞬間だった。
スポーツ観戦を極め、一定以上の知識を有する人々(ようするにオタク)が、次々とこの世界に潜り込んでいく。独特かつ純粋な空気と文化に圧倒される。そして、どんどん情報を発信していく。少なからず影響力があるファンなので、その情報は拡散される。そして、新たな流入を生み出す…
それはさながら、新たな大陸を見つけた冒険者のようである。多分僕も、そういう空気に導かれてここに辿り着いたのだろう。

ただし少なくとも、都市対抗野球は「東の甲子園」的な盛り上がりを見せるのは無理だと考えている。高校野球やプロ野球と比べると、圧倒的に資源が少ない。
故にまずは、都市対抗野球が素敵な野球大会として「あり続ける」ことから目指していくべきだろうか。プロ野球レベルの技術と、学生野球の如き純粋さ。この2つが楽しめる野球大会だなんて、そう無いものなのだから、残し続けていくにこしたことはない。

都市対抗野球へ、ようこそ! 13日から東京ドームにて、皆様のご来場をお待ちしております!
(僕はまず、開幕戦と地元の三菱日立パワーシステムズの試合から行こうと考えています)

どうもです。このサポートの力を僕の馬券術でウン倍にしてやるぜ(してやるとは言っていない)