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【初稿版】スウィート・ラガー・メモリーズ

 弱小公立高の練習は、無駄に激しい。

 ラグビー部合宿地のメッカ、菅平に到着したのが、何月何日かを思い出せない。もう時間の感覚は無くなっている。日の出と同時にランニングはスタートし、くたくたの状態で朝ごはん。体も胃袋も休まらない状態で今度はダッシュと繰り返し。どんなに願っても昼休みはあっと言う間に通りすぎ、午後は地獄のコンタクトプレーだ。フォワードは何度も何度もスクラムマシーンに体当たりする。それを横目に、僕たちバックスは、実践を想定したパス練習だ。

「おい、足立! もっと早くボールをリサイクルしろ! キャプテンがそれでいいのか!!」

 ハーフというポジションを僕はやっている。今のは「こぼれているボールを早く拾い、次の選手にパスをしろ」という意味だ。
 まったく、キャプテンなんてこりごりだ。一番人柄が良さそうだからという理由で指名されたが、役割なんてアホな顧問の上田と不満を抱く部員たちの間を受け持つだけだ。双方からクレームの嵐を受け止め続ける日々。ああ、僕の青春はこれで終わるのか……。

 そんな合宿で唯一、時間をはっきり認識できる瞬間。それが最終日のBBQ大会だった。もうこれ以上、喉になにも通らねーよ! とわめいていた僕らが、突然肉を貪りだす。
 なにより、上田先生の肉奉行ぶりが素晴らしかった。いったいどこで手に入れたのかもわからない量と質の肉を大量に準備し、懇切丁寧に炭火で焼き上げる。今思えば、なぜこの手際の良さがラグビーの采配に活かされなかったのか。母校ラグビー部の七不思議である。

 そんな宴で盛り上がる最中、一人不穏な動きを見せる男がいた。大杉くんだ。彼は背の高さを活かして、ロックというポジションをしている。縁の下の力持ちタイプだ。背は高いのだが、いかんせん体の線は細かった。そもそも、性格はオタクで引きこもりがちであり、運悪く1年生のときの担任が上田だったために、無理矢理ラグビー部に入れられてしまったのだ。
 そんな大杉くんの目が、今日は鋭い。ニュースでたまに見かける、理系の犯罪者みたいだ。彼が最近おかしいという情報も、僕の耳には伝わっていた。
 BBQ中も彼を見張っていた。そして、裸躍りを披露していたお調子者の一発芸が終わった瞬間、事件は起こった。

「おい、上田!」

 まずい。

「僕は……僕は……もうラグビーなんてしたくない! こんな痛いスポーツはこりごりなんだよ!!!」

 ざわつく俺たちを尻目に、上田先生は黙って、肉をじっくり焼き上げている。大きな豚肉の塊だった。
 その照らされた豚肉の塊をハサミで細かく切り取り、いくつかを皿に載せて大杉くんに差し出した。

「なあ、みんな。このスペアリブの隠し味がわかるか?」

 わからない。

「イチゴのジャムだ。ジャムの甘味は肉を柔らかくし、表面の照りを一層輝かせる……」

 だからなんなのか。

「ロックというポジションは地味だ。そして、誰よりもタックルし、誰よりもタックルされる。体の細いお前には、厳しいかもしれない。でもな、このチームにお前は必要だ。お前がいないチームなんて、ジャムの無いスペアリブみたいなものなんだよ……」

 そりゃ大杉くんは必要だ。だって、15人でやるラグビーに対し、うちの部員は15人だから。
 んっ?

 肩の揺れ幅がだんだん大きくなり、嗚咽が漏れる。細い背中をさらに小さくさせながら、二人は熱い抱擁を交わした。
 二人があの瞬間、何をどう理解したのか。俺たちはわからないままだった。

    ◆

 迎えた花園予選。俺たちは50点差で強豪校に破れた。敗因は大杉の負傷だった。試合中にやったものではない。試合数日前からしきりに、歯が痛い、歯が痛いとわめいていた。そして、踏ん張りの利かないプレーを繰り返していた。
 キャプテンは知っている。あの夏合宿以降、ヤツは体を大きくするといって、同じ菓子パンを毎日食っていたことを……。

 大杉くんは今、歯学部の受験を目指して勉強している。それはどうやら、上田先生の勧めらしい。

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本書は3月10日に開催された「ノベジム・根津大会」にて執筆し、この文字数を半分以上(!)減らしたものが下記書籍に収録されております。

『バカとリサイクルとイチゴのジャム』
著:ノベジムファイターズ

僕が半べそかきながら削った力作は同率2位(※2票獲得)でした。ぜひ完成版もご一読を!

また、今大会をどのように戦ったかは3月20日に開催される反省会及び下記モーメントにてご確認下さい。

ではまた

どうもです。このサポートの力を僕の馬券術でウン倍にしてやるぜ(してやるとは言っていない)