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しくじりの夏

せっかくはるばる競馬場に来たのに、勝負レースの馬券を買い損ねた。それはファン歴6年で初めての失態だった。

事情を聞いて欲しい。

この日もいつも通りパドックで馬を撮影し、買い目に悩みながらも何とか決めた。マークシートを塗りつぶす。電灯の明かりは少し弱々しい。その時点で締め切り10分前くらいだっただろうか。

L-WING1階の券売機はどこも行列だった。縁起が良さそうな7番ゲートは少し長めの列だった。大口で購入する客も多い。でも、慌てない、慌てない。

あと一人で僕の順番がやってくる。ところが、その一人がくせ者だった。その女はとにかく手際が悪かった。お金の入れ方、投票カードの流し方、馬券の受け取り方……。単純作業のはずであるのに、どうしてそんなに遅いのか。なにより、右手にはまだまだ沢山の投票カードが握りしめられている。

勘弁してくれ!

僕の後ろからも焦燥感が伝わってくる。この券売機の行く末は僕の手に懸かっていると言って良いだろう。悪い流れを変えなければならない。

前の女がその場を離れた。良かった! 僕は左手で握りしめていたお札と、右手に持っていた投票カードを速やかに投入した。そう、これが効率的かつスピーディーな買い方なのだ。立ち去る貴方にも見せてあげたいよ。

目の前の画面が光った。ところどころに「?」マークが点灯している。頭が真っ白になった。あれ、なぜだ???

横から職員のおばさんが声をかけてきた。

「あのー、これは【流し】で買うんですよね? 馬複の流しは2頭軸じゃ買えないんですけどー……」

青ざめた僕はすぐさま精算ボタンを押し、その場から立ち去った。

そう、僕は投票カードを間違えていたのだ。このレースの馬券は軸2頭から紐4頭に流すスタイル(※参考:馬番で表記すると⑦⑫→④⑤⑦⑫)。これは「ボックス」と表記された投票カードで購入可能である。

しかし、僕が書いていたのは「流し」と表記されたそれだった。「馬複」で「流し」を買いたければ、軸は1頭にしなければいけない。軸2頭には対応していない。

とにかく、僕は混乱していた。もう一度書き直そうか? いや、目の前にあるパドックのビジョンには「締め切り2分前」と書かれている。書く時間も惜しい。じゃあ、ネットで買ってみよう。サイトをアクセスするも、久々だったので操作に慣れない。結局、これまた入力にしくじり、決済まで進めなかった。

もう! 一体全体なんなんだよ!!

僕は全てを諦めた。手元にあった投票カードは全てビリビリと破り、ゴミ箱に思いっきり投げ捨てた。

賭けることが出来なかった勝負ほど面白くないものはない。あれ以降、僕はただただ競馬場を彷徨い続けるのみだった。

ああ、つい数時間前までは夏競馬をとことん楽しんでいたのに……。
弱々しいオレンジの光と、少し嫌らしい湿度が広がる夕方の競馬場。年季の入ったスタンドで、焼き鳥やもつ煮をのんびり食べながら、競馬新聞を読みふける。そんなささやかな幸せが、走馬燈のように甦ってくる。

競馬場は様々なモノが得られる一方、様々なモノを失う場所でもある。我々はどちらかというと、後者を恐れがちである。でもまさか、参加したい勝負に参加できないこともまた、色々なモノを失ってしまう要因になるとは……。

そんなことを初めて思い知らされた、とある真夏の夜である

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