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NovelJam2018回顧録 最終回

不協和音のあとに

嵐は過ぎ去り、やや穏やかになった執筆部屋。
BCCKSのワークショップまでは暫く時間がある。少し寝たり、チェックアウトの準備をするのがベターだろう。

席には藤崎さんと藤沢さんが談笑している。みかん君は朝食に行っている。
ひとつ策を立ててみた。

僕の本業は食品メーカーのサラリーマンだ。お菓子もいくつか製造している。
そのお菓子を4人×3日分、僕は鞄に忍ばせていた。初日の午後3時と2日目の午後3時にそれぞれ配った。
その3日目の午後3時に配るお菓子を、今配ることにした。いやあ、夜食で配ろうとしたんですが…という文言を添えて。
お二方はありがたく受け取って下さった。そして、残りの2つはそこはかとなく、みかん君のデスク付近に置いた。

数時間後、軽い睡眠とチェックアウトを終えて執筆部屋に戻った。
Eチームの席には、みかん君が戻っていた。しかし、配ったお菓子は2つ残っていて、僕のデスクの方に寄せられていた。

編集者にはもうひとつお仕事が残っている。作品プレゼンだ。今回はプレゼンも審査の対象となる。

ところが、その準備は進んでいないも同義だった。
ここはもう開き直るしかなかった。
普通にやる!

前回大会はほとんどの編集者が普通に作品を紹介する一方、波野發作氏率いるHチームは米田淳一氏の全力紹介+澤俊之氏のギター演奏という荒業をしてのけた。もちろん、スライドショーの中身の充実ぶりも驚愕のものだった。
その話はたちまち広がり、影響を受けた各チームはあれやこれやとネタを仕込んでいるのが垣間見れた。

ふん。勘違いしやがって。作品プレゼンは編集&作家の一発芸大会じゃねーんだよ! それは(なるべく)懇親会でやりゃーいいんだよ!
というか、「平成最後の逃避行」はそんなボケをかませる作品とは思えなかった。藤崎さんのキャラクターも大事にしたい。
故に、普通のスライドを準備し、普通に作品を紹介し、普通に見どころを提示することにした。
なにより、変化球のアピールが続くのならば、ストレートはより早く相手に感じさせることができる。
幸いにも、藤崎さんは僕の方向性を理解してくれた。
どっからどこでもかかってこい、サーカス集団! こっちはさながら、マイク一本のスタンダップコメディでやったるわ!

…なのだが、「怪獣アドレッセント」のプレゼンは初日の早い段階でみかん君が抑えていた。
あの時は彼の持ち味を十分いかせるから大丈夫だと思っていたのだが、今はまったく事情が違う。
一応、大変感動的なスピーチも用意していたのだが、これは今後もお蔵入りとなるだろう。

はあ、参った。
今度は僕が覚悟する番か。苦笑いの演技の練習でもしておこう……。

3日目のありとあらゆる待ち時間は、僕にとって貴重な睡眠時間だった。
しかし、審査時間はあまり寝れなかった。目を瞑り、雑念を排す…ことを何度もしたのだが、それ以上に緊張感が高まる。

再び執筆部屋に、審査員の皆様が現れた。審査時間は予定よりも30分延長し、17時スタートとなった。
胸の奥を、冷たい空気が漂ってきた。去年の苦い記憶が蘇る。あの時を繰り返したくない、でも……。

まずはエブリスタ賞。「たそがれときの女神たち」。昨年僕と一緒に作品を生み出した、澁野さんが携わっている作品だ。
作者の飴乃さんが涙を流している。素敵な景色だ。
ああ、こうやって涙を流せるほどの、プロセスを僕は歩んでいたのだろうか……

「新城カズマ賞は…えー…藤崎いちか『平成最後の逃避行』……」

へっ?

藤崎さんも歓声をあげる。藤沢さんは、なんで編集が一番驚いているんですか! と突っ込む。
てっきりSF系統の作品が新城カズマ賞を受賞するものだと思っていたが、そうでもなかった。あとでお話されていたが、むしろそういう方面はついつい厳しく見てしまう…とのことだった。考えてみればそうですね。

とにもかくにも、藤崎さんが賞に届いたということに胸をなでおろした。
2日目の夜はみかん君に力を入れてしまったり僕のアドバイスミスがあった以上、物語の掘り下げ方が足りなかったのではという懸念があったからだ。
これだけしっかりやって下さったのに、何も得るものが無かったら……。
ようやく重い荷物をひとつ、下ろすことができた。

海猫沢めろん賞は「怪獣アドレッセント」が無事に受賞した。
ずいぶんあっさりと書くが、これに関しては自信があった。ちゃんと作品を提出すれば、受賞できるだろう、と。
一体全体、何を根拠にそんなことが言えるんだ! と皆さん思うだろう。

話を2日目の夕方に戻す。それは海猫沢先生が会場に到着され、激励の言葉を述べられていたときだ。

「僕は尖がった話を待っています!」

この一言に真っ先に反応したのがみかん君だった。ついさっきまで「藤井賞」と連呼していたはずなのだが、あっさりと「めろん賞」に目標は変更された。

全く、節操がない…と思う一方で、僕は不思議な感覚に襲われた。
みかん君が賞を獲るのならば、海猫沢めろん賞ではないか。

何を根拠にそれを思ったのか? 正直、その根拠は無い。
ただ、海猫沢氏の発言に対してのみかん君のあのレスポンスの早さ、そして憑りつかれたかのように「めろん賞」と連呼する姿。
逆に問いたいのが、そこで科学的な理論の明示をしたところで、何がわかるというのか。
ようするに、言霊に導かれて賞を獲ったのである。そういうことで良いと思う。

その算段があったため、プレゼンタイム以降の僕は「藤崎さんが賞を獲れなかったら」を半分考えつつ、残りの半分を「海猫沢めろん賞・受賞スピーチ」に充てることにした。かくして、抜かりなく準備された原稿を一言も漏らすこともなく、皆様にお届けすることができて感無量である。

審査結果発表は佳境を迎えていた。
席に戻り、再びペンを持ち、メモに講評を記す。ペットボトルの水を口にし、気持ちを落ち着かせる。

久々にTwitterを開いた。【#noveljam】タグを検索する。
参加者の金巻ともこさんの呟きが目に入った。「ところで目の前で腐ってもみかんさんが震えている。」と。

そうか、そうなのか。

今日の午前5時以降、僕は彼と目を合わせていない。そして、これからも合わせるつもりはないだろう。まったく、僕はいつまで意地を張っているのだろうか。
まあ、そんなつまらなくてリアリティを欠いた、スポーツ小説みたいな展開はそう起こるわけがない……。

飲んだはずなのに、どうもまだ喉が渇いている。
もう一度キャップを開けて、一気に残りの全て飲み干した。
大きく息を吐いた。NovelJamの熱は、まだ僕の体と心の中で漂っている

<了>

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本連載「NovelJam2018回顧録」はこれにて終了となります。最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
そして、これだけは言わせて下さい。僕の中で「書くのキツい…」と思った文章は、これが初めてです。

NovelJamが終わって1ヵ月以上経過しましたが、終了後の日々も含めて大きな勉強と反省の連続でした。それも含めて、僕にとってとても大きな財産になっています。

再びNovelJamで編集に出る…そのためには、今の100倍は編集のスキルをアップしなければいけないでしょう。その一方で、次に挑むときも、僕は小手先のテクニックではなくて、「フォロワーシップ」と「人格」の2つで戦っていそうな気がするのも、今思っているところです。

次回のNovelJamは今年の11月23日から25日を予定しているとのことです(※詳細は公式なアナウンスまでお待ちください)。NovelJamで自らの力を試したい編集者の方、あと、僕と同じ著者(デザイナーも?)で悔しい思いをされた方、編集で応募してみませんか?(←何)

ではまた!

◆平成最後の1日を、逃げる二人の行く末は? アラサー女子が織り成す優しいロードノベル/新城カズマ賞受賞
藤崎いちか著「平成最後の逃避行」
https://uwabamic.wixsite.com/heiseisaigo

◇怪獣が現実に現れるようになった平成を舞台にした、生きる意味と恋を巡る青春ビルドゥングスロマン!!/海猫沢めろん賞受賞
腐ってもみかん著「怪獣アドレッセント」
https://uwabamic.wixsite.com/kaiju

どうもです。このサポートの力を僕の馬券術でウン倍にしてやるぜ(してやるとは言っていない)