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「悩む、そして気付く」 1年・平田周

こんにちは。スポーツ科学部1年の平田周です。

今回ありがたくもトップバッターを飾らせて頂くことになったのですが、やや緊張気味です。
というのも、お笑いのM-1グランプリなどを例に考えていただくとわかりやすい(?)と思うのですが、最初のコンビの点数を基準に後続のコンビの点数をつけていくのが基本なので、トップバッターの出来というのは全体の基準となるわけです。

なので一番最初の自分は真面目なものを書かせていただいて、面白系は次回以降に任せますね。


今回は私が浪人を決断するまでに熟考したことを赤裸々に話そうと思います。

私は高3の時にK大学をAO受験して、見事に落ちました。
受験前は周囲から受かる受かると言われ、自分でもなんとかなるだろうと思っていましたから、落ちたときの進路は全く考えておらず、
どうすればいいのかわからない廃人のような日々を過ごしていたのを覚えています。

浪人以外の選択肢がほぼないという状況でしたが、この選択肢を選ぶのにかなりの時間と覚悟が必要でした。

なぜかって、

中学時代はFC東京ジュニアユースの一員という肩書があり、高校時代は全国高校サッカー選手権で準優勝したという肩書があって、なんの実体も保証もないものだけどそれに支えられた自分がいて

そんな自分が浪人生となれば、何者でもなくなってしまう


そう考えていたからです。


でも、この考え方は自分を縛っているだけでした。


自分と向き合う時間がかなり多くなり、様々な人と話していく中で、自分が何者であっても親身になって接してくれる人がたくさんいるのに深く気づかされました。

皆さんにも必ずそういった存在がいると思います。それは家族であったり、友達であったり、大切な人であったり。

彼らはあなたが何者であるとか、そんな一面的なところを気にしているでしょうか。

おそらく何者であってもあなた自身を想っていると思います。

何者でもない自分が不安で苦しんだけれど、自分を取り巻いている人たちのことに気づけた私は


何者かになる必要はない


と考えるようになりました。

何者でもない自分自身にこそ最高に価値があって、

何者かになろうとするよりも、自分自身のマインドやアティチュードを磨いていくことが大切


そう吹っ切って臨んだ浪人生活はとても充実したし、

何よりも決断まで悩んだ期間はとても濃く、自分にとって必要な時間でした。


ここでの四年間も多くのことがあると思いますが、新たな成長を求めて頑張っていきます。


最後まで読んでいただきありがとうございました。


平田 周(ひらた めぐる)
学年:1年
経歴:FC東京U-15むさし(世田谷区立世田谷中学校)→國學院大學久我山高校

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