「『ブラッディ・マーダー』 /推理小説はクリスティに始まり、後期クイーン・ボルヘス・エーコ・オースターをどう読むかまで」 波多野  健

【(…)シモンズも独自に「初期クイーン」と「後期クイーン」の質的な差と不可逆性を認識できるところまで到達していたのである】

〈最終候補作〉
「クイーン,エラリー(ロス,バーナビー)」森英俊
「『第二の銃声』解説」真田啓介
「セント・ミアリ・ミード―アガサ・クリスティ―との架空対談」田村隆一
「『妾の罪』における叙述トリックの位相」小森健太郎
「『ブラッディ・マーダー』/推理小説はクリスティに始まり、後期クイーン・ボルヘス・エーコ・オースターをどう読むかまで」波多野健
「ゼロ年代の解像度(レゾリューション)」円堂都司昭
『エラリー・クイーン論』(抄) 飯城勇三

 一九九〇年以降に発表された前掲の七作品で70番目の椅子は争われた。
 いずれも内容的には他の69作品と比べても全く遜色にない―むしろある部分においては優れているとさえいえる―論考ばかりである。よって、その選定に当たっては、各作品の短所を論うよりも、その長所の〝伸び〟を主体に置いた。以下、各作品に触れる。
 「セント・ミアリ・ミード―アガサ・クリスティ―との架空対談」はその副題通り、詩人の活発な想像力を働かせた逸品である。作中に登場するクリスティが如何にもクリスティらしく描かれており、読んでいる間の多幸感は随一だった。しかも、単なるパスティーシュに終わらず、ポアロとミス・マープルの比較論や社会風俗論としても優れている。ただし、クリスティ論には同じ90年代に『そして誰もいなくなった』を論じた「明るい館の秘密」があり、「終末の鳥獣戯画」や「スープの中の蠅」等、俎上に挙げられた論考も多い。全体のバランスを考えると落とさざるを得なかった。
 『エラリー・クイーン論』は、クイーンの論理運用に焦点を絞った力作ではあるが、結論ありきの論理展開や単調な文体が興を殺ぐこと甚だしく、またクイーンを持ち上げることは大目に見ても、他の作家への貶めを許すほど私の器量が大きくなかった。
 むしろ、クイーンを扱ったものとしては、『本格ミステリ作家事典〈本格派編〉』の一項「クイーン,エラリー(ロス,バーナビー)」の方が好感を持って読めた。事実の羅列に終わらず、クイーンの軌跡を詳細に叙述することで、見事な作家論になっている。『Yの悲劇』よりも『Xの悲劇』を本格ミステリとして高く評価しているあたりに、特に書き手の主張が読み取れる。
両者とも、真正面をきったクイーン論が乏しい中にあって、採りたい気持ちも強かったが、長所の〝伸び〟が以降の作品に、僅かに及ばなかった。
 「『第二の銃声』解説」と「『妾の罪』における叙述トリックの位相」はテキストの〝読み直し〟の重要性を改めて教えてくれる好論で、欠点らしい欠点がない。前者は『第二の銃声』の序文を読み直すことによって、秀逸なバークリー論に成り得ている点が素晴らしい。若島正が《バークリー論として最高のもの》というのもむべなるかな。後者は『妾の罪』が叙述トリックの先駆的作品として《屹立》したものであることを証明しており、すぐさま原文を読み返したくなった。
 しかし、これだけ優れた論を採らなかったのは、同じ〝読み直し〟を主題した作品で衝撃的な論考があったからである。「『ブラッディ・マーダー』/推理小説はクリスティに始まり、後期クイーン・ボルヘス・エーコ・オースターをどう読むかまで」がそれである。『ブラッディ・マーダー―探偵小説から犯罪小説への歴史』の誤訳を指摘しながら、ジュリアン・シモンズが法月綸太郎や笠井潔らと同じ《後期クイーン問題》を認知していたことを立証している。これだけ重要な論考が閑却されていることが信じられない。
一方、唯一同時代の作品を扱ったのが「ゼロ年代の解像度」。著者のフィールドワークである音楽論や情報メディア論からミステリを照射しており、現代ミステリ評論の最前線に位置している(ちなみに同論が収められた『謎の解像度』には〝本格コードvsバーコード〟という見地から本格ミステリを論じた「POSシステム上に出現した『J』」という快作もあり、こちらも名残惜しかった)。
無論、意地悪な見方をすれば「クイーンの作風が変化したことは読者なら誰にでもわかる」ことであろうし、「評価の基準がどこに焦点をあてるかで変わる」ことも当然ではある。しかし、その〝当然のこと〟を律儀に、誠実に証明していく手際は凡手の成せる業ではない。
両者にほぼ差はなかったが、「ジュリアン・シモンズが〝新本格〟や西尾維新・佐藤友哉を読んだらどのような批評を下すか」という、「『ドンキホーテ』の著者、ピエール・メナール」を裏返したような着地を魅せる「『ブラッディ・マーダー』」を70番目の椅子に招待した。

★波多野健(一九四九―    )…「無時間性の芸術へ――推理小説の神話的本質についての討論」で第七回創元推理評論賞を受賞してデビュー。以後、探偵小説研究会の一員として活動している。
初出…『e-novels「週刊書評」第一八九回』二〇〇三年
底本…『深夜バス78回転の問題 本格短編ベスト・セレクション』二〇〇八年一月

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松井和翠

【推理小説批評大全・総解説】

推理小説の批評的散文70編を厳選し、それぞれに解題を付した。2017年12月1日~2018年2月8日まで1日1編ずつ公開予定。
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