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『カナダ金貨の謎』有栖川有栖

ロジックへの拘りと風俗作家としての冴えが作品を地味に見せない【60】

 “新本格”という一団で一括にされがちながら、作者は元々エラリー・クイーンと同等に笹沢左保・森村誠一・西村京太郎といった昭和期に活躍した推理作家たちへの敬愛を表明していた。彼らは優れた推理作家であると同時に、時代の空気を描写し続けた風俗作家でもあった。そして、有栖川有栖もまたその血を明らかに受け継いでいることに、遅れ馳せながら《国名》シリーズ10作目となる本作を読んで気がついたのだった。作品としてはアンソロジーに書き下ろされた「船長が死んだ夜」、名作「スイス時計の謎」と対になる表題作の完成度が高いが、私の琴線に触れたのは「トロッコの行方」。こうした時事ネタは賞味期限が切れやすいのだが、切れた後数十年後に発酵して再び食べごろになるから心配はいらない(ちょうど笹沢左保がいまその時期である)。いずれも極めて地味な事件ながら、ロジックの新手を模索していて興味深い。ただ、一つ気になるのは推理を絞り込むために登場人物にある種の恐怖症や身体的特徴を付与している点だ。作者の腕を持ってしても、そこだけポンと浮き上がって見える感は否めない。もちろん、欠点とまではいわないが。

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