見出し画像

ロイヤルティを構造化する

前回の投稿では、現在、ロイヤルティを測る指標として多く使用されているNPS(Net Promoter Score)の問題点、それを解決する新たな指標NRS(Net Repeater Score)の概要を紹介した。今回は、NPSやNRSを活用し、ロイヤルティ向上施策につながる「構造化」について解説する。

ロイヤルティとは、
顧客の企業や商品に対する「愛着度合い」である。前回、顧客の推奨度合いと、継続利用意向から測ったNPS (Net Promoter Score)の問題点と、それを解消できる指標である「NRS」(Net Repeater Score)を検証した。いずれもアンケートから集計して算出する“ロイヤルティスコア”だ。
ロイヤルティスコアは今の顧客の愛着度合いを測るスコアとして有効な「結果の指標」に過ぎない。具体的な施策につなげるには、ロイヤルティに影響を与える要因(ロイヤルティドライバー)を明確にしなければならない。そのためにはロイヤルティを分解し、構造化しておくことが重要だ。
以下にロイヤルティを構造化し、見える化する手法を紹介する。


ロイヤルティを形成する「ドライバー」を把握
ロイヤルティは、顧客と企業や商品の関係で生じる、数多くの顧客満足によって高まっていく。魅力的な商品のデザインが顧客を虜にするケースでは、

「ロイヤルティを高めるさまざまな要因の中で、大きく影響しているのがデザイン」

と判断される。もちろんデザインだけでなく商品の機能や店舗での接客などもロイヤリティを高める一因となる。
この数多くの顧客満足の要因をロイヤルティドライバーと呼ぶ。

ひとつのロイヤルティは数多くのドライバーの満足から形成され、その影響力の大きさはさまざまだ。

基本価値と体験価値
これらのロイヤルティドライバーは、基本価値と体験価値に分類できる。
基本価値とは「商品そのものの価値」で、ロイヤルティを高める必要条件だ。
小売業で言うと、品揃えや商品の品質、機能、デザイン、価格といった項目である。
クラウドサービスでは、プロダクトの先進性や機能性、操作性、カスタマイズ性といった項目となる。顧客に提供する商品を磨き上げ、顧客満足を高めることで基本価値を向上させる。
一方、体験価値は、顧客が商品を選択して購入し、使用するプロセスで高まる。一般的に、「カスタマーエクスペリエンスの向上」とは、これを意味する。
小売業では、企業や商品の情報収集、購買体験時の店舗接客や支払処理、ネットでの商品閲覧、商品使用時のサポートサービスといった項目である。
クラウドサービスにおいては、導入時の打合せ、システムの設定、運用時のテクニカルサポートやトラブル対応といった項目だ。つまり、顧客の商品購入や使用を手助けするサービスプロセスを磨き上げ、顧客満足を高め、体験価値を向上させる。

ロイヤルティドライバー

ロイヤルティの向上に欠かせない基本価値、体験価値だが、最近では体験価値の重要性が注目される。基本価値を高めるとは、平たくいえば「良いものを安く提供することで顧客満足を高める」というモノ提供型の取り組みだ。基本価値は、商品購入の意思決定には大きく影響するが「愛着の育成」というロイヤルティ向上には至りにくい。圧倒的な安さで顧客を虜にし、購買を維持する戦略はロイヤルティ向上戦略とは一線を画していると見るべきだ。次々と新商品をリリースし、低価格を売り物にするだけでは、高いロイヤルティを確立することはできない。
そこで、「モノからコトへ」、すなわち体験価値によるロイヤルティの向上が肝要となってくる。商品を購入するプロセスにおいて、顧客に寄り添ったサポートや、商品を使用する際に価値のある体験を感じてもらうサポートなどで顧客満足を高めて体験価値を向上させていく。この体験価値の向上は、次回以降の商品やサービスの購入時の意思決定に大きく影響し、愛着を高める要因としてき重要となる。
つまり、基本価値を磨くことよりも、体験価値を磨く方がロイヤルティ向上には有効ということになる。

ロイヤルティドライバーは「頭の満足」と「心の満足」に分けられる
基本価値や体験価値の向上は、各ロイヤルティドライバーの満足を高めることで実現できる。そして、この満足は「頭の満足」と「心の満足」の2種類の満足に分解することができる。
頭の満足とは、各ロイヤルティドライバーを論理的に評価した満足のことである。
具体的には、アンケートで5段階の満足度調査を実施した結果だ。顧客がさまざまな要因を頭に浮かべて、論理的に評価して「大変満足」と回答した場合が頭の満足と定義する。
心の満足とは、各ロイヤルティドライバーに対し、「感情的に感じている満足」のことだ。言い換えれば、該当のロイヤルティドライバーが「どれだけ心に響いたか」を判断する指標である。
論理的に納得した高い満足と心に響く高い満足を提供することが、ロイヤルティを向上させるための重要な活動となるが、とくに「心の満足」は重要だ。人間関係において、この人と長くつきあっていきたいと思う気持ちと似ている。この人は仕事ができる、かっこいい、年収が高い、いい企業に勤めている、知識レベルが高い、といった論理的に判断できる要素は、一時的に関係性を持つべきかどうかを判断する理由にはなるが、長くつきあうための十分条件にはならない。会っているとなぜか安心する、この人とは気軽に話せる、いつも心遣いを感じて好感がもてるなど、心から気に入った理由が長くつきあう条件になるのではないだろうか。顧客と企業の関係も同じだ。ロイヤルティが向上する、つまり愛着度合いを向上させるためには、感情的に感じる「心の満足」を向上させることが大切だ。
また、ロイヤルティドライバーによって、「頭の満足」と「心の満足」のレベルは異なる。各々の満足レベルを把握すると、ロイヤルティ向上への施策が見えてくる。たとえば、アパレル店舗の「試着」では、ロイヤルティドライバーの「頭の満足」レベルは低いけれども「心の満足」レベルは高いといった具合だ。また、それぞれの高低が逆の状況もある。こうした「頭の満足」レベルと「心の満足」レベルを把握すると、さまざまなロイヤルティドライバーで取るべき施策が見えてくる。

複数の顧客体験が高めるロイヤルティドライバーの満足
では、各ロイヤルティドライバーにおける満足レベルを左右するものは何か。それが、顧客体験、いわゆる「カスタマーエクスペリエンス」だ。
たとえば、アパレル店舗での「試着」というロイヤルティドライバーの満足レベルに影響する要素は、試着室の環境や試着の際の店員の対応などの体験となる。
顧客体験は、ポジティブ体験とネガティブ体験に分けられる。ポジティブ体験は満足レベルを押し上げ、ネガティブ体験は満足レベルを押し下げる。「試着」というロイヤルティドライバーでは、「試着室が広くて着替えしやすい」「スタッフから上手な着回しや雑貨とのコーディネートのていねいな提案があった」などがポジティブ体験であり、「試着室が暗くて商品の色がよくわからない」「試着室に案内されただけで、そのあとはまったく気にかけてもらえない」などがネガティブ体験だ。
顧客体験は、ロイヤルティを構造化した際の基盤となるレイヤーだ。この顧客体験レベルを見える化し定量化すると、より具体的な顧客体験の改善策を立案できる。

心の満足に影響を及ぼす「感動体験」と「落胆体験」
次に、「頭の満足、心の満足」と「ポジティブ体験、ネガティブ体験」の関係を明らかにしよう。
まず、すべてのポジティブ体験とネガティブ体験は、頭の満足に影響をおよぼす。ロイヤルティドライバーの満足レベルを高めるには、ポジティブ体験を増やスと同時に、ネガティブ体験を減らして頭の満足レベルを高める必要がある。
それでは、心の満足に影響を与える体験は何だろうか。前述のとおり、ロイヤルティの向上、愛着度合いを向上させるためには、頭の満足に加えて、感情的に感じる満足、すなわち心の満足を高めなければならない。
それぞれの顧客体験は、頭の満足と心の満足との影響度に差があることが分析結果からわかっている。またポジティブ体験には顧客の心に響き、心の満足に好影響となる「感動体験」があり、同様に、ネガティブ体験には心の満足に悪影響を及ぼす「落胆体験」があることも、ほぼ判明している。

たとえば、小売店の「接客」というロイヤルティドライバーでは、「豊富な知識で的確にアドバイスしてもらえて嬉しかった」というポジティブ体験を数多くの顧客が体験する。
これに対して「同伴者(夫婦、親や子供、友人など)への気配りがあって嬉しかった」というポジティブ体験は、体験者数は少ないものの「心の満足」に大きな影響を与える「感動体験」であることがわかった。
また、百貨店の「入店・回遊」というロイヤルティドライバーでは、「マナーの悪い客がいて、嫌な思いをした」というネガティブ体験は多くの顧客が体験しやすい。一方、「フロアーが汚くて、嫌な思いをした」というネガティブ体験は、少ないものの「心の満足」に大きく悪影響をおよぼす「落胆体験」であることが調査で判明している。
つまり、ひとつの顧客体験が「頭の満足」と「心の満足」にどの程度影響するのかを把握することで、顧客体験がロイヤルティに与えている影響がわかるということだ。ロイヤルティドライバーごとに、感動体験と落胆体験を把握できると、改善施策の立案に有効だ。

ロイヤルティの構造化で取るべき施策を明確にする
こうしたロイヤルティの構造化を示したのが以下の図だ。

構造化

「ロイヤルティ」「ロイヤルティドライバーの満足」「顧客体験」の3階層でロイヤルティが形成されていることがわかる。
そして最上位のロイヤルティを測る指標であるロイヤルティスコアがNPS(Net Promoter Score)、あるいは、前回紹介したNRS(Net
Repeater Score)ということだ。ロイヤルティスコアを形成する要因を構造化して分析することで、具体的施策につながる。

例えば、百貨店の事例にあてはめてみよう。50代以上の年齢の顧客セグメントは、他世代よりNRS、すなわちロイヤルティスコアが高いことがわかった。さらに構造化されたロイヤルティに基づいて分析を加えると、数多くのロイヤルティドライバーの中でも、「ギフト購入」というドライバーの「心の満足」が高く、ロイヤルティに好影響を与えていることがわかった。さらに顧客体験レベルまで分析を加えると、顧客の気持ちになってギフトラッピング材を選択してくれることが感動体験になっていることがわかった。
ギフトラッピングの数は、コスト削減対象になりやすいアイテムだが、むしろロイヤルティを向上させる重要なアイテムであることを認識し、さらにギフト包装時の接客に対しての強化策を打ち出した。

構造化、定量化したうえで分析することが重要
前述の百貨店のような分析をするには、実際にはロイヤルティの構造化だけでは難しい。構造化された各項目を定量化し、分析を加えていくことになる。その最上位の定量化された指標がNPS、NRSだ。
その定量化と分析は、高度なアナリティカル・スキルが求められると同時に、業務改善に活かすために現場の経験や知見が求められる。コールセンターで日々、顧客と接しているオペレータやSV、マネージャーは、さまざまな接点のプロセスや利用した顧客が抱いた印象、不満を知り尽くしているだけに、プロジェクトの「核」となり得る存在といえそうだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?