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2021年10月 信州旅4

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 最終日
 晴れた! 起き抜けでも、障子越しカーテン越しにもわかる外の天気。山は青々と、空は蒼々と。この好天が、昨日であれば、とは特に思いませんでした。あれはあれで、ちょー楽しかったのであります。
 さてさて、早速朝食。昨朝とは打ってかわって、今日はサバ缶のホットサンド。鯖のホットサンドなんて初めて聞いたけれど、これまた美味。鯖の塩気、油気が温かなパンに挟まれ、たまりませんでした。

 そうして朝風呂。最後の温泉。名残を惜しむように、しっかりと肩まで浸かって数え歌を口の内で唱えます。三日間、実にいいお湯でした。
 そんでもって帰りは送迎、まで少し時間があったので、山田温泉街をちょいと散策。基本、温泉旅館が建ち並び、お土産屋と酒屋、神社、そして観光案内所も兼ねた『スパイン』があるくらい(だからこそ山の中を移動できるレンタルeバイクの存在は大きいのかと)。どうしよう、もう少し時間がある。というわけで、山田温泉郷への入口であるにも関わらず、今まで一度も渡っていない赤い橋まで下っていきます。まぁ、五分くらいなもんです。橋の上から渓谷を眺め、緑を眺め。山の秋は、もうすぐそこ。

 さて、宿の車で山を下ります。平野屋さん。施設もきれいで、部屋も広くって、夕飯は嬉しくて、朝食は美味しくて、温泉は熱いけれど気持ちよくて、とっても寛ぐことができました。ありがとうございました。
 帰りは行きと同じ須坂──ではなく、小布施(おぶせ)へと送ってもらいます。栗で有名な小布施だけれど、もうこの字面だけで、何だか心が弾みます。道中、女将さんから紅葉のことやら(近年はシーズンが遅くなったとか)、GoToのことやら、ワイン、生ハム(高山村に工房があります)やらのことを伺いつつ、小布施の中心街に到着。中心街で下ろしてもらい、お世話になりましたとご挨拶。そうして、小布施観光のスタートです。

 しっかし、人が多い。自分もその内の一人だけれど、平日だってのに、こんなにも観光客がいようとは。何やら和紙やら栗やらお土産屋が建ち並んでいます。街並みも古風ながらも、清潔で見ていて心地良いです。で、ちょうど目の前にあった栗の小径(こみち)なる、路傍に栗の殻が散りばめられた、整備された裏路地みたいな歩道を歩きます。うむ。小径小径。
 で、どこに向かうか。山の中からいきなり観光地に飛び込み、若干まごついております。電車の予定もあるから、あまりのんびりはできません。のに中心地から離れ、人の少ない町外れへとてくてく。1キロちょいの道を行くと、三日月の上で眠る赤ちゃんのマーク、がトラックの側面に大きくプリントされていました。ここが目的地。オブセ牛乳。そもそも自分が小布施の名を初めて知ったのも、こちらの牛乳(の焼きドーナツ)がきっかけです。マークが可愛くて、印象に残っていました。

 予め調べて、こちらの工場でも牛乳が買えるとのことで、事務所っぽい建物を訪れては、牛乳ください、とお願いします。100円。人が入れるほど大きな業務用冷蔵庫から昔懐かしい牛乳瓶を出していただきました。おまけに、ここの牛乳を使ったキャラメルももらいました。特に席はなく申し訳ないけれど敷地内の石段で、ということだったので、花壇に腰掛け、牛乳瓶のビニールベールをはずし、紙のふたを摘まみ上げ、ぐびり。オブセ牛乳自体は初めて飲んだが、甘くてクリーミーで美味です。ごちそうさまでしたと瓶は戻し、小布施の住宅街を抜けては、中心地へと戻ります。

 のだけれど、どこもかしこも人が多くてやあまり立ち寄る気になれず(コロナが、という意味じゃなく)。修学旅行っぽい学生さんもわんさか。まぁ、自分個人が落ち着くかどうかはともかく、観光地に活気があるのは良いことです。特にこちらもコロナで一旦冷え込んだだろうから、より一層そんなことを思います。
 小布施。多くの店舗が木の温もりを活かした店構えで、町のデザインに統一感があり、歩いていて心地良いです。酒蔵のお店もいくつかありました。でも残念だったのが、車道に面した歩道の狭さ。一人分くらいの幅です。ましてや観光客で賑わっているので、すんなりと道の行き来ができません。まぁ自分は、老舗の和菓子屋『竹風堂』さんで、栗おこわ弁当と、どら焼きを買ってそそくさと町を離れます(以前から国産の焼き甘栗を食べたいなぁ、でもなかなか売ってないなぁ、と思っていて、小布施にはそんな売店があったけれど、お腹が割と満たされていたので、買わずじまいでした……)。しっかし、いい天気だこと。ジャケットやらパーカーやらを詰め込んでいるので、リュックは割とパンパン。お弁当の入ったビニールをぶら下げては、まずは小布施駅へ。

 小布施駅。行きも利用した長野電鉄の駅で、当初はここから長野駅に戻り、そのまま帰路に着く、というプランでした。が、しかし。旅はまだ終わりません。踏切のない線路を越えて、西へとのんびり歩いて行きます。空は明朗、道は鄙びて、足取り軽く、心は凪いで、鳥の鳴き声がどこからと。あぁ、今、本当に幸せだなぁとしみじみ思いながら歩いてました。ずっとこのまま歩いて行けたのなら。
 ただ、ほどなくして車通りのある道に入り、やや後方からの走行音に注意する必要があります。途中、りんごを満載したトラックが前を横切り、甘やかな香りが鼻を撫でていきました。栗の木園なんてものも目にしました。風見鶏にも会いました。千曲川(ちくまがわ)。長い、長い、小布施橋、その歩道をただ一人、歩いて行きます。広く太い川面の上、どこを見回しても、山と空。心地良い歩調で、遠い、知らない、静かな道を歩く。それだけで。

 5キロ弱。豊野駅に到着。目的の列車が到着する15分くらい前でした。ホームのベンチに腰掛けて、のんびりと電車が来るのを待ちます。到着間際のアナウンスでホームを間違えていたことに気づき、階段ダッシュで本来のホームに走り込み、JR飯山線へと乗車します。進路は北。旅の最終日だというのに、さらにさらに北へと逃げます。
 車内はまばらで、車窓からの景色を眺めながら、このときのために買ってきた栗おこわ弁当をいただきます。やぁ、めちゃくちゃ美味かった。栗の甘みと、漬け物の塩っぱさが絶妙でした。あぁ、よい一日だ。

 並走する千曲川に、刈り取ったあとの田んぼ。隧道を抜け、山々を越え、駅名のアナウンスにも「越後」の名がつくようになってきました。はい。新潟入りです。おやつにどら焼きも食べます。うまうま。そうして二時間ちょい列車に揺られること到着したのは、十日町駅です。
 この町でどうしても見ておきたいものがありました。そんなわけで駅を出て、ちょいと散策しつつ、北へ。やがて見えてくる、大きなのっぺりとした、現代的な建物。越後妻有里山現代美術館。館の中心は広い吹き抜けとなっていて、大きな正方形の水面がでんと構えてあります。
 まずは入場。森山大道の写真を見ては、二階へ。ここが、目、当てでした。

(続いて立ち止まって鑑賞)

 天井から吊された無数の、小さな小さな、時計。全てが時を、秒を刻んでいます。間近に立ち眺めていると、視界のあちこちが正しく規則的にわずかに動いていて、動画じゃ伝わりづらいですが、何だか自分の視覚がバグっていくような心地に襲われます。すごい。

 何とかこの作品と対峙したいなぁと、以前から思っておりました。そうして路線検索をしてみると、ちょっと電車賃を上乗せするだけで、十日町に寄れちゃう。もちろん時間はかかるけれど、せっかく信州にまで出るのなら、越後は隣だ。普通に東京から十日町まで行って帰ってくるよりは、お手軽だ。なら行っちまえ、というわけで赴きました。

 しばし作品と向き合います。この作品を思いついたことも凄まじいけれど、天井から吊された無茶苦茶な数のテグスを見て、製作工程の目茶苦茶な大変さを思います。吊されているのは、作品名にもなっている、時計のムーブメントの部分のみ。その機器の両脇それぞれにテグスが接着され、天井から吊されています。つまり一つのムーブメントを吊すのに、二本のテグス。よく見ればその二本のテグスに、複数のムーブメントが間隔を空けて縦並びに吊されているのも。一、二、三……四。自分が見つけた限りでは、最大四つのムーブメントが、一組のテグスにセットされていました。

 さて、ここからは自分の解釈です。自分がそう感じたのか、あるいは『目』の皆さんのインタビューで似たようなことが語られていたような気がするからかはわかりませんが、ここに吊されているのは一人一人の人生なんだろうなぁ、と思いました。
 ムーブメントの時間はそれぞれズレています。6時のものもあれば、11時のものもあれば。つまり、一人一人がそれだけかけ離れた時間軸=人生を生きているってことを表現しているのかなぁと。で、一組のテグスに最大4つのムーブメント。これ、家族を示しているのかなぁとも思いました。家族といえど、まったく違う人生を歩んでいる、という感じ(安直だろうか)。そしてそういったバラバラの時間軸を生きている集合体や個人が無数に群れている。それが今自分たちの目前で繰り広げられている、街やら社会やらの光景なんじゃないかと。そんなことを思いました。まぁ今まで、何となく面白そうで作品を作ってきた自分とは違って、何か意味が込められているよなぁ、と感じました。

 その後も美術館内を散策します。中央に張った水の中には絵が描かれていて、その絵は、水面に映る鏡像を描いているのだと、正しい鑑賞位置に立ったとき、気づきました。

 さまざまなアート作品を堪能して、暮れなずむ外へと出ます。こちらの施設、温泉もあるようで(入らんけど)。そうして隣接する物産館に寄っては、柿の種のラー油漬けを買いました。ご飯にのせて食べるようで。何だか美味しそう。というか柿の種をとことん愛した商品だなぁ。
 そうして何だか肌寒くなってきました。リュックからパーカーを取りだしては羽織ります。日が沈むとともに冷えた空気が流れ込んできました。長々といた美術館をあとにすると、夕刻を知らせるチャイムが。それが地元のものと全く同じメロディで、何だか遠くにいるのに近くにいるような、変な感じになりました。

 駅へ向かいます。電車が来るまで数十分時間があります。下校中の学生さんがちらほらいます。ホームから暗くなっていく街並みを見下ろしては、何だか淋しい心地になってきたので、明かりの灯った待合室に入っては、この路線ほくほく線のフリーペーパーを読みます。やがて、列車が到着する。ようやく東京へ向けて動きます。長いトンネルを抜けて着いたのは、夜の越後湯沢(『雪国』の舞台ですね)。ここから新幹線に乗ります。行きの長野新幹線、じゃなく上越新幹線です。そしてもちろん夕飯です。色々迷ったが、越後湯沢駅構内の寿司屋へ。海鮮丼。そして何だか冷えたし、旅の終わりの心細い気持ちを紛らわしたくて、熱燗。地元、白瀧酒造の「魚沼」です(酒蔵見学したことあります)。

 地酒をちびちびやりながら、振り返ると、三脚の上のカメラが自分のいるカウンターに向けられていました。そうして近くのモニターには座る自分と、体温表示。そういや、入店時にどこから来たのかと、電話番号を書くメモを渡されました(ちゃんと書きました)。多分、駅構内で軒を連ねる飲食店では、同じような対策が行われているのだろうかと。正直、そこまでするかぁ、という気持ちも湧きましたが、新幹線到着駅構内にある飲食店。旅先に来て、気が抜けちゃいそうな自分も含め旅人の気を引き締める狙いもあるのだろうなぁと、感じました。

 海鮮丼を食べ終え、小ぶりな徳利に残った日本酒をちびちびとやります。新幹線の時間もあるし、今からつまみを頼むのも何だかなぁ。というわけで、わさび醤油や、食卓にあった藻塩をアテにするという、通ぶってるのかみみっちいのか分からんように地酒を飲んでいきます。いやはや愉快。

 やや火照ったところでごちそうさま。発車15分前。お土産処はすべて閉まっておりました。座席は窓際。席はがらがら。今日もたくさん歩きました。シートに身を預け、ようやく旅はこれで終わりです。
(ここまで書いてきて充分長いけれど、今までに比べて短いのは何なのだろうと考えたとき、まず思い当たったのは会話の少なさでした。特に旅先の飲み屋で地元の方々と話すっていう醍醐味を復活させるのは、まだもう少し先になりそうですね)

 それでは今回も長々とお付き合い下さり、ありがとうございました。
 またいつかの旅にてお会いしましょう。アイお世話!

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