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【コンサルの眼】データで紐解く狩猟・ジビエ業界

行政が重点政策としたこと、他業界から遅れに遅れやっときた情報化の波を受けて、狩猟(=鳥獣対策・ジビエ利活用)に関するデータもそれなりに手に入るようになりました。普段なかなか接点を持つことのない方にもわかるよう、アナログなイメージが強い狩猟業界の現状をデジタルに数字で見ていきたいと思います。

400億円??バカにできない鳥獣被害

普段都心で生活している人にはなじみのない鳥獣被害。イノシシが畑を荒らしまわって収穫直前の野菜を食べてしまう、シカが植林したばかりの苗木を食べてしまう等、特に一次産業と密接な地域の暮らしにおいてはとても頭を悩ませる話。

具体的な被害規模を追っていきます。

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農作物の被害額、約164億円(農水省・平成29年

続いて森林被害。

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森林被害面積、6千4百ha(林野庁・平成29年

金額換算されているものがないため、ざっくりではありますが群馬県の民有林の森林被害データ(群馬県・平成30年)を基に面積当たり被害額を約265万円/ha(被害面積90ha,被害金額238,798千円)とすると、約170億円。

それに加えて家庭菜園の被害や森林の食害に伴う土砂災害、イノシシやクマと出くわすことによる事故などもあります。金額換算可能な農作物の農作物と森林被害額の合計で約334億円、それに周辺被害を足すと鳥獣被害全体でざっくり400億円前後といったところでしょうか。また、これらのほとんどがシカとイノシシに占められていることがわかります。

この被害金額を各事業従事者の収入額で見てみた場合、農作物被害164億円を販売農家の農業所得191万円(農水省・平成29年)で割ると、およそ8,600戸相当となり全主業農家113万戸(農水省・平成31年)の約0.8%(25戸に1戸が農業収入の20%程度の鳥獣害を受けている)。林業被害170億円を林業の被害額を林業従事者の年収356万円(口コミ※1)で割ると、およそ4,800人となり林業従事者数4.5万人(林野庁・平成27年)の約10.7%
もちろん金額自体は概算でありますが、農業や林業といった一次産業従事者比率の多い地域にとっては大きな影響があります。

※1 口コミのソースがはっきりしないので他にデータを探してみました。平成16年と古いデータですが厚労省から林業の日当11,910円というデータがあったので、これをもとに月22日稼働・年間賞与2か月分として年収を計算した場合、割と近しい数値になるのでまぁまぁ妥当かなと思います。


ベテラン猟師がギリギリ支えている鳥獣対策

東京近郊の路線でも電車がシカと衝突し遅延が発生しているといったニュースをたまに見かけます。鳥獣被害額自体は徐々に減っている傾向にありますが、そもそも被害をもたらすイノシシやシカの数の推移はどうでしょうか。

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イノシシの生息頭数は25年間で3倍、シカは10倍に増加。(農水省・平成27年

著しい生息頭数の増加。なんの打ち手もしていないかというとそんなことはありません。被害の多い地域を中心に組織をつくり、計画的に捕獲するなどの取り組みを進めています。

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捕獲頭数はイノシシ・シカともに15年間で"4倍"に増加農水省・平成29年)にまで増加。

このような努力もあってなんとか被害額の増加を抑えていますが、捕獲をするにも人手が必要です。

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担い手となる狩猟免許保有者数は、25年で2/3の20万人以下にまで減少。
高齢化も進み免許保有者の6割超が60歳以上
環境省・平成27年)。

単純計算で、15年前と比べて狩猟免許保有者一人当たりの捕獲頭数は4.8倍(1.38頭/人⇒6.68頭/人)にまで増加。担い手の多くが60歳以上という現状も踏まえると、今の体制・やり方は既に限界を迎えています。


自然のものだからこそジビエ利活用には課題も多い

イノシシやシカは地域の人にとっては田畑を荒らす敵。

ですが命は同じ命。捕獲する人も命を大切にしたいとの常に利活用を考えています。利活用率を見ていきましょう。

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イノシシ・シカの利用率は1割未満農水省・平成29年)。

そもそも家畜のように管理された環境で育っているわけではないため病気の個体も少なくありません。そのような個体は利用できません。また、利活用するためにはとめさし※2後、決められた時間内に衛生管理の整った処理加工施設まで運ばなければいけないといった制約もあります。

※2 とどめをさすこと


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では持ち運ぶ先の処理加工施設、590か所農水省・平成29年)。

持ち込みまでの時間が決まっている以上、物理的に離れていてはせっかく捕まえた個体も利活用できません。捕獲後すぐに搬入するといった「イベント発生後、アクセスするまでに時間制約が求められそうな施設」の比較として病院をあげてみます。街中の診療所ではなく、病床数20床以上である「病院」は全国に8,389施設(厚労省・平成30年)。)。都内を除き、それなりの規模の病院に行こうとなると徒歩圏内にあるということは珍しく、少なくとも車でしばらく走る必要があるのが一般的でしょう。

加工処理施設はそんな病院の7%程度しかありません。つまり、どこで獲れるか一定でないこともあり、加工処理施設は必ずしも捕獲場所からアクセスしやすい場所にあるわけではないのです。実際、近隣に処理加工施設がないためやむを得ず埋設・焼却処分をしているという地域もあります。

だったら、加工処理施設を作ればいいかという意見もありますが、搬入に協力してくれる狩猟者の確保や、野生のものであるからこそ捕獲頭数が不安定等、ビジネス上の課題から簡単に増やすこともできません。

知合いからは施設を自作するなどしてコストをギリギリまで削ったからなんとか採算が取れているといったことも聞きますし、実際に採算が取れている処理加工施設は一握りだと思います。

しかし病気の個体や加工施設の物理的な制約ではない理由、「たまたま見回りが遅れて捕獲した獲物が死んでしまっていた」、「在庫がたまっていたため施設で受け入れられなかった」、「とめさしの方法が悪かった」等に関しては通知センサーや個体情報の管理ツールといった新しい技術によって解決し、利活用率をあげることは可能と考えています。


「ジビエ」はその貴重さを楽しむもの

仕事柄もあるのでしょうが、まわりからも「最近ジビエのお店よく見るようになったよね~」、「こないだ食べたイノシシがすごくおいしかった」といった声をよく聞きますしジビエブームを感じます。
実際どれほど身近になっているのでしょうか。

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ジビエ(食肉)の利用量は1,230トン(農水省・平成29年)。

これがどれほどの量かというと、食肉の年間需要量は552万t[牛120万t・豚235万t・鶏197万t]※3(農水省・平成21年)つまりジビエは食肉の約5,000分の1。年間1,000食で毎食お肉を食べていても、5年に一回食べるかどうか。ジビエではないですが、たまに食べるお肉であろう馬肉12,830t(農水省・平成27年)と比べても10分の1。ちなみに、馬含め羊やカンガルー、ダチョウなど珍肉をジビエとして出しているところもたまに見ますが、養殖で飼育されたものはジビエではないのでご注意を。

※3 枝付き。国内生産量と輸入量の合計。

続いて「ジビエって自然のものだから原価タダだし安いんじゃないの?」という声にお応えし、100g単価の比較。

黒毛和牛[ask]
======世界的ブランドの壁=====
イノシシ・ロース[450円] 国産牛・バラ[448円]
シカ・ロース[350円]
シカ・モモ[250円]
======ハレとケの境界=======
輸入牛・バラ[198円] 国産豚・モモ[168円]
輸入豚・ロース[128円]
国産鶏・ささみ[78円]

出所:イノシシ・シカはヒアリングに基づく卸価格。
   牛・豚・鶏は近所のサミットの小売価格(19年9月)

「いやいや、どれも日常食だよ」という高貴な方からの反論は受け付けておりません。食べログで「ジビエ」と検索すると高級フレンチレストランなんかが多く出てくるように、ジビエは高いんです。

なぜ高いのか?

不安定な供給、適切に処理できる人の希少性、個体差による処理の手間、歩留まりの悪さ(肉量増加などの品種改良はされていない)、個別物流。
ざっとあげるだけでもこれくらいは考えられます。

食用を考えたプロに捕獲・処理され、丁寧に調理された料理されたジビエは絶品です。直接鳥獣害対策に関わることは難しいかもしれませんが、たまには美味しいジビエを食べて狩猟・ジビエ業界に想いを馳せていただければ幸いです。


<ポイント>
・鳥獣被害は400億円前後。特に一次産業依存度の高い地域では深刻な問題
・イノシシ・シカの生息頭数増加を捕獲を、増やし被害を抑えている状況
・被害を抑える人の減少・高齢化もあり、もはや限界が近い
・獲物の利活用は自然のものだからこその制約によるハードルがある
・量的にも希少。価格も安くはないが絶品なので見かけたら是非食べて


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