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李栄直が讃岐から東京Vへ移籍した理由。E-1で掴んだ自信と明確な将来設計

 昨年12月に開催された東アジアNo.1を決める「EAFF E-1サッカー選手権2017決勝大会(以下、E-1)」は韓国代表の優勝で幕を閉じた。

 この大会中、日本代表はもちろんのこと、もう1つ注目して追っていたチームがあった。朝鮮民主主義人民共和国、つまり北朝鮮代表である。両国の前回対戦は2年前の旧東アジアカップが最後で、その時は日本が敗れていた。

 過去10度以上対戦しているにもかかわらず、北朝鮮代表については他のアジアの国と比較してもほとんど情報がない。今回はチームの中に3人の在日朝鮮人Jリーガーがいるということもあって、E-1初戦の前に2度、練習を見学しに行った。

 公式練習以外のスケジュールは全く公表されておらず、やっと思いで担当者の連絡先を手に入れて練習に行っても、冒頭15分間しか見ることはできない。さらに傍では全身黒いスーツに身を包んだとても“スタッフ”とは言えない集団がピッチに視線を光らせている。

 だが、北朝鮮代表チームの雰囲気はすこぶる良かった。はじめは軍隊式のトレーニングで笑顔など見られないのでは…と想像していたが、少なくともウォーミングアップ中などは選手たちはリラックスした表情で、簡単なパス回しでも歓声をあげながら楽しそうにボールと戯れている。

 それでも練習での取材対応は一切なく(そもそも国内向けですら広報する必要がないので、メディア担当スタッフがいない)、選手に話を聞くチャンスは試合の後しかない。2戦目の韓国戦が終わった後、ある選手にマイクを向けた。

 それは当時カマタマーレ讃岐に所属していた李栄直(リ・ヨンジ)である。在日朝鮮人Jリーガー3人の中で唯一先発していた栄直は、昨年11月にタイで行われたマレーシアとのアジアカップ予選で10番を背負って主力として活躍し、北朝鮮代表のヨルン・アンデルセン監督もE-1開幕前の記者会見で「かなり成長している」と名指しで期待を寄せている選手だ。

 北朝鮮代表のこと、試合のことなど、一通りの質問を終えたあと、栄直に「この大会でアピールして、J1などへのステップアップを考えますか?」と尋ねてみた。我ながら非常に失礼な質問だったと後で悔やんだが、彼はしっかりと答えてくれた。

「大会後に(移籍の)リリースが出ると思います。ただ来季もJ2です。E-1が始まる前に全部終わらせてきました」

 なんと、すでに讃岐からの移籍を決めているとのことだった。「1試合、2試合は誰でも頑張れるので、数試合良かっただけで、もしJ1から声がかかって、そこへ行っても意味がないですから」と栄直はE-1前に来季以降の準備を終えてきた理由を説明した。

 どこのチームへ移籍するのか、E-1が終わるのが楽しみだな…そんなことを思っていたら、唐突に彼の移籍を知らせるツイートが目に飛び込んできた。それはE-1最終戦が行われる12月16日の昼ごろ。東京ヴェルディへの移籍だった。

 すると栄直本人もツイッターを更新し「東京ヴェルディに関わる全ての皆様初めましてリヨンジです。自分にとって特別なE-1杯の会場味スタが来年のホームスタジアムになることとても楽しみです。その中で皆様と1試合でも多く勝利を共有出来ればと思います。リリースですがヴェルディサポーターに知っていただきたくて大会中にさせていだきました。今日日本代表の前に中国との試合があります。出来れば見に来て頂けると嬉しいです!!(原文ママ)」と新天地のサポーターに呼びかけた。

 試合会場は味の素スタジアム。栄直にとって2018年からホームスタジアムとなる、特別な場所である。そこでの中国戦が終わった後、改めて本人に移籍の経緯について尋ねた。ちなみに移籍発表が前倒しになったのは多少「クラブ側の事情」もあったという。

「(東京Vには)シーズン中から声をかけていただいて、(ミゲル・アンヘル・)ロティーナ監督と竹本(一彦)GMも(香川まで)会いに来てくれて、自分のプレーのいいところ、改善点があると。その中でヴェルディというチームと一緒に成長していって欲しいし、こういう国際大会にも出させていただいているので、その経験をヴェルディに生かして欲しいと言われたので決めました」

 ロティーナ監督が栄直のプレーを評価し、強く望んでの獲得だった。両者の会談は昨年10月ごろに行われ、移籍の決断はそこから1週間ほどで下したという。「讃岐との契約も残っている中で獲ってくれると言っていただきました。ロティーナさんといえば名将で有名ですし、僕もヴェルディのサッカーは試合をしていてとてもいい印象だったので、『これは一緒にやってみたい』と思って決断しました」と栄直は語る。

 大阪生まれ大阪育ちの栄直は、大阪朝鮮高級学校、大阪商業大学を経て2013年に徳島ヴォルティスでプロデビューを飾ると、2015年から2016年はV・ファーレン長崎で、2017年は讃岐でプレーした。本職はボランチだが、長崎では3バックのセンターバック、讃岐では4バックのセンターバックも経験し、守備的なポジションを柔軟にこなす。

「このような順位で(J2で19位)自分を評価してくれると思ってはいなかったですし、その中でボランチとしても見ていると言われ、3バックでも4バックでもセンターバックとしても見ていると言われたので、もうちょっと幅が広がるかなと思って、そういうところにまた魅力を感じました」

 2017年から東京Vを率いるロティーナ監督は守備戦術構築のスペシャリストで、前シーズンはJ2で18位だったチームを5位に引き上げ、初のJ1昇格プレーオフ進出に導いた。主に3バックを採用し、所属する選手たちの口から「守備でやるべきことが整理されて、理解が深まった」という言葉が聞かれるほどの改革を施した手腕が、栄直にとって自分を成長させられる魅力的なものだったのかもしれない。

「ヴェルディはJ1に行けるチームだと思っていますし、そういう環境が整っているチームだと思います。ヴェルディといえばやっぱり、自分が生まれた時にJリーグで優勝しているクラブ。『オリジナル10』でサッカーをできるのはなかなかない機会なので、チャンスしかないなと思いました」

 一時的な活躍による大幅なステップアップではなく、自分の現在地に見合った着実な一歩を踏み出す。これこそがヴェルディを選んだ理由であり、その次の道を見据えた決断だった。もちろん「円満に」送り出してくれた讃岐への感謝もあるが、より高いレベルの刺激を追い求める上で必要な選択だったのだろう。

「やっぱり1年間期待された中で、結果を残せず移籍するのは心が痛かったですけど、E-1を通じて韓国や日本、J1やKリーグのトップクラスと戦って、自分自身楽しみながらサッカーできましたし、これだけ頭を使いながらサッカーが出来るのを幸せに感じました。

どうしてもレベルアップしたいというところと、その中で、もしE-1の後にJ1からオファーがあっても、前に話した通り、1試合、2試合で評価されても…とは思ったので、来年1年しっかりやって、ベストな年齢でJ1で勝負したいなという気持ちがあるんです。そういう意味でヴェルディは自分にあったクラブだと思っています」

 前年度5位につけたチームから主力を数人引き抜かれたとはいえ、東京ヴェルディは今季もJ1昇格の有力候補になるだろう。栄直以外にも、ロティーナ監督が選んだ確かな実力を備えた新戦力がいる。

 北朝鮮代表での結果やプレー内容に左右されずに移籍を決めた栄直だったが、彼にとってのE-1は新たな挑戦に向けての自信を深める重要なターニングポイントになったことも記しておきたい。

「僕の中でサッカーにおけるターニングポイントとして(2014年の)仁川アジア大会があったんですけど(※U-23北朝鮮代表として参加し準優勝に貢献、その後A代表デビューのきっかけとなる)、(E-1は)それに次ぐくらいのいい大会になったと個人的には思っています。

(他国と)大きな差が離れているかなと正直思っていたところが、自分で言うのもあれですけど、思ったより近いところにあるかもしれないと。J1のトップクラブなどでも、自信さえつかめればもしかしたら自分はやれるんじゃないかという気持ちが出てきたので、そういう意味では本当に…言葉で表現しにくいですけど、とてもいい大会になったかなと。順位はあれでしたけど、自分の中ではそう思っています」

 そして最後に「今日(昨年12月16日)、ヴェルディのサポーターが『ようこそ』という横断幕を掲げてくれて、めっちゃ嬉しかったです。またよろしくお願います!」と話してミックスゾーンをあとにした。リリース当日にもかかわらず自分への歓迎を準備してくれたサポーターの粋な計らいに感激していた。明るくオープンな人柄の栄直は、そうやって新天地でも温かく受け入れられ、ファン・サポーターからの愛情を感じながら成長を続けていくだろう。

 この原稿を公開する1月12日、東京Vは新シーズンの始動日を迎える。新しいチーム、初対面のチームメイトたち、初めての関東での生活、スペイン人監督の指導…栄直は全く先の分からない新たな環境に自ら飛び込んでいく。まっさらな状態のキャンバスに描く2018年の絵は一生ものの傑作になるか。大きな「チャンス」であると同時に、キャリアの今後を左右する勝負の1年でもある。

 残念ながら彼の東京Vでの初練習の様子を取材することはできなかったが、これからのさらなる活躍に期待し、折を見て取材も続けていきたい。

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