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『手当たり日記 90』 雪靴の音、鍵の音 2024年2月7日

一昨日の日記で、1日前のことを書いてしまったため、1日ずれ始めている。今日も昨日のことを書く。どこか1日飛ばしても良いとは思うのだけれど、その犠牲となるその日に悪くて、結局毎日律儀に書いてしまいそうだ。

前の夜に大雪が降った次の日。朝、大雪を言い訳にしようと思って、いつもより少し遅めに起きた。40分くらい遅めに起きただけなのに、たっぷり寝たような体感があった。いいことなのか、どうか。40分遅めに起きたことで、心なしか体もポカポカ暖かい気もする。玄関のドアを開けて外を見ると、雪が積もっている。今日は雪靴にすべきか、いつもの靴にするか。迷った挙句、雪靴にした。数少ない雪の日だ。せっかくなら、あまり稼働の多くない、わりとちゃんとした雪靴を履こう、と思った。アラスカに留学する時に、Keenの原宿の店舗で買ったものだ。フェアバンクスで雪が降り始めたらほとんど毎日履いていた。そういえば、これで、学校に通ったし、電気の通っていない村にも行った。僕は足汗をかいてしまい足がむれやすいタイプなので、冬履でも簡単に脱げるものが欲しかった。この靴は、紐がついていないタイプの、サイドがゴムになっているブーツなので脱ぎ履きがとてもしやすい。それでいて、足の甲のホールド感がちょうどいいので、歩いていて脱げてしまうことはない。まるでレビューのような文章だが、実は、アラスカから帰国した後、こんなコメントを実際にKeenのオンラインショップのレビューに投稿した。ちなみに、靴の製品名は、「アンカレッジ」。アラスカ最大の都市だ。僕がいたのは、そこから内陸に7時間くらい車を走らせた街、フェアバンクスなのだけれど、いずれにせよ、アラスカの街中でも問題なく使える、ということだろう。

大雪の後なので、都内の電車はのきなみ徐行運転だった。東京の西の方に差し掛かり、地上を走る電車に乗ると、いつも車窓から見える景色がすっかり雪化粧を纏って、どこか幻想的ですらある。いつも見ている建物が立ち並ぶ風景も、特別に感じる。そんな呑気なことを考えながら気の抜けた顔で外を眺めていると、向かいに座っている、僕と同い年くらいのサラリーマンも、僕と同じように気の抜けた顔で車窓を眺めていた。今日も、がんばりましょうね、という気持ち。

取材先の建物に入ると、グリップがしっかりしたブーツなだけあり、綺麗に磨かれた床に擦れて、キュッキュと音を立てた。受付のスタッフがその音を聞いて、すぐにこちらに気づいて会釈してくる。ここに通い始めて3週間目で、この会社らしからぬ服装と髪型をした僕はすぐに認知されたようだ。いつも入構証をもらっている、警備室の窓口を除いて挨拶すると、警備員のおじさんがちょうど、うちの会社の名前と僕らの氏名が付箋に書かれて貼ってある入キャンディー箱をいじっていた。僕が、「あ、ちょうど」と笑いかけると、「まだいらっしゃってないな、と思ってたところだったんだよね」、と嬉しそうにしていた。この窓口の警備員さんは日替わりだが、それぞれの人と顔馴染みになってきて、嬉しい。

例の20個上の先輩とは、早番と遅番でシフト制にしている。僕は大抵早番で、朝9時からのミーティングに顔を出し、先輩は活動が終わる夜までいる。先輩がきて、もろもろ引き継ぎを済ませ、18時前くらいには現場を出た。乗り継ぎの関係で、行きとは別のルートを通った方が早そうだった。まだ通常の速度に戻らない都内の電車に、本を読みながら、いつもより長い時間揺られる。

家の最寄駅に電車が着し、ホームに降りると、僕のわきを颯爽と追い抜かしていく男性がいた。腰には、丸裸の鍵が3つ、4つ付いていて、ジャリジャリと大きな音を周囲に響き渡らせている。あえて、鍵をじゃらつかせるスタイルだろう。たまに見る。なぜ、鍵をじゃらつかせたいのだろうか。鍵に限った(カギだけに)話ではなく、チェーンをじゃらつかせるファッションは馴染み深い。僕がこどものころから、そのスタイルは存在している。その前からあるかもしれない。自分が動くことによって音が発生するのがかっこいいという価値観なのだろうか。やはり、注目を集めてかっこいいと言われたい、かっこいい自分を見てほしい、という欲求なのだろうか。そして、これは男性特有なのだろうか。恥ずかしながら、僕も、中学生や高校生の時、チェーンの付いた長財布をケツポケットに突っ込んで、チャリチャリ言わせていた時期がある。高2あたりで長財布チェーンの呪いから放たれて(チェーンだけに)、二つ折りに落ち着いた。しかし、今でも、バギーなズボンを履いている時、余裕のあるポケット内部に入っている鍵が、歩く拍子になることがあるが、その瞬間ちょっとかっこいいと思ってしまう。なぜなのだろうか。やはり注目されると思うと脳内の報酬系が活発に働いて気持ちよくなるのだろうか。

うる覚えなのだが、以前、僕の好きなヒップホップデュオのchelmicoがラジオでこれに関連する話をしていた。Mamikoはいわゆるヴィジュアル系ファッションが苦手で、特に金属のデコレーションがゴテゴテについた財布や洋服を見るとモヤモヤして、ツッコミを入れたくなるらしい。それを知った番組のリスナーが、V系ファッションの中でもみんなが欲しがるブランドがあり、そのブランドが出している長財布のチェーンの音は格別らしい、という投稿を送ってきていた。チェーンのジャラジャラ音にもヒエラルキーがあるらしい。僕が駅で目にした、鍵を活用して自分の音を発生させたいスタイルの男性だったが、鍵の数や、付け方、それを束ねるカラビナのヒエラルキーもあるに違いない。

スーパーで少し買い物をして、家に帰る。のんびり料理をしていたら、あっという間に時間が経ってしまった。今日の夕ご飯は、豚肉とほうれん草としめじのみぞれ煮、それからお揚げとネギとわかめの味噌汁。昨日の残り物のにものだ。ごちそうさまでした。ご飯をさっさと食べて、やり残した仕事にかかる。今日撮影したデータを素材保存用のHDDにコピーしたいのだが、書き込み速度が遅すぎてストレスだ。今日撮影した素材を使って、明日の会議の資料を作りたいのに、焦ったい。準備が全然終わっていないが早く寝たいので、明日の朝に押し付けて、風呂に入って寝た。

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