エッセイストになりたいねん

74
ノート

『蛙の恩返し』

朝食を食べてくつろいでいると、家族がやって来て嬉しそうに「お庭に蛙ちゃんが来てるよ!」と教えてくれた。慌てて一階の和室に向かい、窓から覗くと、いた。淡いグリーンの大きな蛙が。

想像していたよりずっと立派だった。ぽっちりと指先に乗る大きさかと思ったら、なんのなんの、片手にどっしりのしかかりそうな重量級が木の枝に停泊している。

「すごいねぇ、かわいいねぇ」
「綺麗な色してはるねぇ」
「ほんまやねぇ

もっとみる

エッセイ「ウケてウケられて生きるのさ」

日々こまごました冗談を言うのが一番コスパが良い。なんのコスパ?というと笑いの自給自足の、である。コストに対するパフォーマンスがコスパということなので、無から笑いを生み出す力があればコスパ優秀☆プチプラ人間になれるし、笑いの永久機関が機能し始めると箸が転んでもおかしくて生きるのが楽しくなる。そういう一連の循環を私は「笑いの自給自足」と呼んでいる。

笑いの自給自足は誰のためにやるかというと自分のため

もっとみる

エッセイ「あんぱんを食べる女」

あんぱんの美味しさに気が付いたのは今年に入ってからのことである。もちろん「あんぱんは美味しいなぁ」と感じたことなどそれ以前から幾度もあったが、そういうことではなく、「本当にあんぱんは美味しい。あんぱんよありがとう。あんぱんに幸あれ」級の感動・感謝・感慨を伴った美味しさに気が付いたのが、今年、ということだ。

あんぱんは牛乳と相性が良い。刑事ドラマの張り込みシーンでも定番の組み合わせだが、考えてみれ

もっとみる

ミニエッセイ「ほんの小さな」

暑い日は麻の敷き布団にばたんきゅーするのが好きだ。

ずっと同じ体勢で寝ていると飽きてくるので、仰向けのままばんざいをすると気持ちが良い。
枕に両腕を乗せて、ぐーんとする。脇の下が伸びるとなんだか良い感じがする。

表向きに飽きてきたら、もうそろそろ頃合いかな、というところで体を裏返す。焼き魚もこんな気持ちなのかしら、と七輪の上の開きに想いを馳せる。

ほんの小さな気分転換。

ミニエッセイ「梅雨明け」

梅雨が明けて、スコールみたいな夏の雨が降った。外は明るい。庭の椿の葉っぱに雨粒がばらばら跳ねて良い音がした。葉っぱから葉っぱへと雫が垂れていく。緑のシャンパンタワー……。

癒やされて寝てしまった。目覚めると蝉が一匹、鳴いていた。夏。

ミニエッセイ「泣き食い」

泣きながらごはんを食べることって最近では滅多とない。子どもの頃はよくあって、ごはんを食べているんだか涙を食べているんだか分からないぐらいぐちゃぐちゃになっていたものだ。私をあんなにも泣かせた一切の悪霊め、許さん。

今日の夕食の後、お腹が一杯でもう何も食べる気がしなかったのに、母が目の前であんぱんを食べ始めたものだから私のおなか帝国も再稼働してしまった。

ひとくち分ずつ千切ってはあんぐりと頬張ら

もっとみる

エッセイ「深夜スマホと破滅の星」〜今日からできる半日ノースマホ〜

夜ふかしが加速している。これではいけないと危機感を抱き、睡眠リズムを整えに掛かった。

そもそも私は遥か昔ガラケーを授かりし頃から、いいや、そのもっと前、小中学生でパソコンを覚えた頃から、ひまさえあればインターネットを触り、ひまがなくともインターネットを触り、ひまがなくなるほどにインターネットを触る、インターネットに愛されるあまり私生活が破滅しがちな星に生まれた女なのである。

破滅の星に生まれた

もっとみる

残像スライドショー(寝る前にいろいろ見えたり聴こえたりする現象の話)

あれは4度目のイギリス旅行から帰る飛行機でのことだった。シートベルトをして離陸するのを待って、さあ3週間の滞在よ、愛しのイギリスよさようなら。なにか映画でも観るか……と、座席前のモニター画面を、スーファミのコントローラーと固定電話の子機のキメラみたいなリモコンでポチポチ操作して見つけたのが、『ブリティッシュベイクオフ』という番組だった。

イギリスBBCの人気料理番組で、アマチュアのベイカー(Ba

もっとみる

自家製レモンウォーターでリフレッシュしつつ痩せる目論見(もくろみ)🍋

発熱してからなんだかんだで11日が経ち、気が付けば明らかに太ってしまった。中盤からは胃腸もぶっ壊れて今もまだ帰らぬ胃腸のままなのに、消化の良いものしか食べられない割には食欲は普通にあったため、お米とお芋とお餅の炭水化物ダンシングオールナイトを過ごすことになり血糖値が爆上がりしたようである。

私は日頃から食後血糖値の乱高下にはかなり気を付けていてお米もお芋もお餅もあまり食べないようにしていたので、

もっとみる

「腸のふるさとブルガリア」 #ヨーグルトのある食卓

人には「心のふるさと」とか「第2のふるさと」があると思うのだが、あまり「腸のふるさと」については語られることがない。心にはふるさとがあるのに腸にはふるさとがないとはこれいかに。私はつねづね臓器には平等でいたいと思っているので(どういうこと?)、この機会に「腸のふるさと」に想いを馳せてみたいと思う。

さて、ありとあらゆる国の食べものを日々飲み込んでいく腸ではあるが、やはり「何が本当に腸に良いのか」

もっとみる