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映画レビュー|『シング・ストリート 未来へのうた』|音楽の力が凄い!アイルランドのバンド少年達の、ダサ愛おしい物語。

「シング・ストリート 未来へのうた(原題: Sing Street)」という映画を観た。2016年の作品で、劇場公開時にも観に行ったのだけど、今回再び自宅で鑑賞し、こんなに良かったっけ!?!?!? と改めて胸を打たれた。まず音楽が良いし、キャラクターも良いし、ストーリーも良いし、作品に込められたメッセージも最高で、めちゃくちゃ楽しかった。

そこで、今回はネタバレしない程度に、この作品の良さについて書いていくことにします(大まかな設定などについては言及します)。ちなみに字幕版をAmazon Prime Videoで観ました。

※ネタバレの基準は人それぞれなので、知りたくないよ〜という方は、ページを閉じてくださいませ。

あらすじ(公式サイトより)

1985年、大不況のダブリン。人生14年、どん底を迎えるコナー。父親の失業のせいで公立の荒れた学校に転校させられ、家では両親のけんかで家庭崩壊寸前。音楽狂いの兄と一緒に、隣国ロンドンのMVをテレビで見ている時だけがハッピーだ。ある日、街で見かけたラフィナの大人びた美しさにひと目で心を撃ち抜かれたコナーは、「僕のバンドのPVに出ない?」と口走る。慌ててバンドを組んだコナーは、無謀にもロンドンの音楽シーンを驚愕させるPVを撮ると決意、猛練習&曲作りの日々が始まった――。

「音楽の力」

この映画の凄いところは、とにかく「音楽の力」だ。監督のジョン・カーニー氏は、作品を作るたびにとにかく「音楽の力」を全力で伝えてくれる。彼の映画はだいたいどれも流れが決まっていて、人生の核に音楽があって、音楽を通じて仲間と出会い、時に恋に落ち、仲間たちと共に音楽を作っていく中で、音楽の喜びや希望が少しずつ人生へと作用して、みんながそれぞれの幸せを見つけ、未来へと、前を向いて歩いていく、というものだ。バンドの演奏シーンや曲作りの描写もたっぷりで、とにかく音楽最高!音楽好き!という人にはもうたまりません。音楽っていいよね!!!

本作における陰と陽

物語には「陰と陽」があってこそだ。闇があるからこそ希望が際立つ。作品を観た人がもしもドン底にいたならば、製作者は物語を通して視聴者に寄り添い、エールを送ることができる。これは創作する者の役目というか、愛だと思う。

それにしてもこの作品には「陰」が多くて驚いた。というのも、観ていてめちゃくちゃ楽しかったから、陰の要素があまり気にならなかったのだ。鑑賞中も鑑賞後も、設定から受ける暗い印象より、音楽の楽しさや希望への引導の要素の方が圧倒的に勝っていて、次は何が起きるのかとワクワクした。

次項では本作における「陰」と「陽」を書き出してみるが、陰の要素だけ見るとめっちゃ暗いので、そこだけで判断して観るのをやめようと思わないでいただければ幸いである。何度も言いますが、この映画はめっちゃ楽しい作品です!!

■国が不況

舞台は1980代のアイルランド。大不況の真っ只中だ。映像を観ていても、街は寂しげでまるで儲かっている感じがせず、全体的に鬱屈とした雰囲気が漂っている。そもそも国という最大の単位が「陰」の状態にあり、これはもはや誰のせいでもない。

■家庭環境が悪い

主人公は、あまり敬虔そうではないカトリック家庭の三男で、15歳の高校生。両親は不仲で、家庭は崩壊寸前だ(宗教上、避妊・離婚は禁止されている)。家に帰ると、毎日怒声が飛び交っている。両親は共働きだったが、父親は仕事を失い、家計も火の車。

■高校が荒れている

教育費節約のため、主人公が私立校から公立校へと転校することになるところから物語は始まる。学校は荒れ放題の無法地帯で、校長の独裁政治と、生徒間の虐めや暴力が蔓延している。他の生徒たちも家庭環境の悪い子供が多く、両親がアル中だったり、家庭内暴力があったりと、みんな苦労している。学校は家での鬱憤を晴らす場でもあるのだろう。

■作中で流れる音楽が良い!

上述の「陰」をすべて薙ぎ払う最大の要素は、音楽の良さだ。「音楽が良い」の定義は人それぞれだと思うけど、私にとってはめっちゃ良かった。バンドとかインディーっぼいのが好きな人にはハマると思う。ジャンルとしては80年代UKポストパンク〜良質なポップスという感じかなと思う。

ちなみに、エンドロールを食い入るように観たのだが、作中でバンドが作る曲はジョン・カーニー監督自らが書いているようである。ポップス寄りの曲は前作「はじまりのうた」とメロディライン的に近いものがあり、そもそも監督自身の作曲センスが素晴らしいなぁと思う。劇中歌も作る映画監督ってあんまり聴いたことがないし、監督からますます目が離せません!

■主人公たちが音楽に目覚めてゆく!

主人公とその仲間たちは、完全なる話の流れ、かつ思い付きでバンドを組むことになる。それも「女の子を落とすため」という不順な動機で。だが、バンドを組み、メンバーを集め、一緒に音を鳴らし、曲を作るなかで、だんだんと音楽そのものの楽しさに目覚めていく。日常の出来ごとを歌詞と楽曲に昇華したり、嘲笑や揶揄に打ち勝つ信念を得ていく様に、同じく創作をする者としてはぐっとくる。単なる真似ごとバンドだったのが、次第に音楽性や作風が磨かれていき、オリジナリティを得て、サウンドが洗練されていくところも面白い。

バンドのためのミュージックビデオを撮るシーンがいくつもあり、野外での演奏風景は観ているだけで嬉しくなる。撮影シーンの映像から、仕上がったMVへと、映像が変化していく表現があり、映画の時間軸の流れや心理描写の効果も果たしていて、見事だと思った。

■登場人物たちが魅力的!

・主人公(コナー)/私立校育ちのためか品があり、論理的で弁も立つが、荒れた公立校では完全に浮いている。詩の才能やカリスマ性があり、意外なソングライティングのセンスを発揮。控えめだが、校長やいじめっ子に楯突く意思の強さがある。

・ヒロイン/グレ気味のキツめの美人、と見せかけて、少女らしい可愛さと凛とした魅力を併せ持つ。モデル。年の割にたまに達観したことを言う。

・主人公の兄/コナーの理解者。自頭が良く、音楽的センスや分析力も高いが、大学を中退してからは無気力な生活を送っている。無職。音楽について語りだすと熱くなる。個人的にこのお兄さん役の人の演技が光っているなと思った。

・バンド仲間/全体的にちょっと冴えないヤツらで構成されている。カッコつけたくてタバコを吸ってみたりするが、どうも垢抜けない。メンバーの一人がやたらと楽器を持っている。全体的に行動力が高い。

■ファッションがヤバい!

舞台となったアイルランドは、カルチャー的には80年代イギリスの影響を色濃く受けている。髪の毛のボリュームが凄かったり、メイクをしたりと、デヴィッド・ボウイを彷彿とさせるようなファッションが登場。とはいえ高校生クオリティなのだが、だんだんオシャレになっていったりして、そこも見どころだ。BGMやセリフにも、当時最先端だったイギリスのバンドが多数登場する。

これは青春映画だ!

音楽とカルチャー的な要素が強いため、途中まで意識していなかったのだが、この作品はれっきとした青春映画である。アメリカ映画のようにアメフト部やチアリーダーなどは登場しないし、いわゆる「青春映画!」みたいな暑苦しい魅せ方ではないが、思春期まっただ中の若者たちが一生懸命生きているのを観ると、こちらまで瑞々しい気持ちになってくる。恋愛シーンでの不器用さなどは観ていて愛おしく、また自分と同年代の話というわけでもないので、「結婚が〜」とか、「キャリアが〜」とか、そういう現実とは切り離して楽しめるのも魅力のひとつだ。

物語の前半は全体的に、高校生ならではのダサくて滑稽なシーンが多く、会話や、きまずい「間」などがユーモアたっぷりに描かれていて笑ってしまう。かっこつけたいけど、上手くキマらなくて、知ったかぶりたいけど、何も知らない。正直になるのが恥ずかしくて、だけど時にやたら熱くて、そんな姿が愛おしくてたまらなくなる。

中盤では「陰」の部分が深く描かれている。主人公だけでなく、他の登場人物の人生についても描かれ、丁寧な作りが愛情深くて素敵だと思う。そして後半、希望に満ちたラストシーンは、胸がいっぱいに熱くなる。映画は夢を見せてこそだと私は思う。

エンドロールには、監督からのメッセージが刻まれている。

"For Brothers Everywhere"
すべての仲間たちへ。

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