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さざなみダイアリー②

お店を作る時、自治会の石田さんから「昔はさざなみ食堂っていうのがあった」と聞いて、それにあやかって『さざなみハウス』という名前をつけた。


お店がオープンして少しずつ馴染みの顔が増えてきて、私は衝撃の事実を知る。さざなみ食堂は職員専用で、患者だった人たちは立ち入ることができない場所だったということ。今の時代では信じがたいけど、療養所の中は区切られていてハンセン病の患者は、自分たちのエリアを無断で越えることが許されなかった。今、80代や90代の人が若くて元気だった頃の話。(元気な人は今でもたくさんいるけど)

波の音が聞こえるさざなみハウスをとても気に入っているけど、一方で、皮肉なもんだなと複雑な気持ちを腹に押し込めながら、私は「さざなみ」と口にしている。このさざなみハウスでは、島のじいちゃんばあちゃんも、園の職員さんも、同じテーブルを囲んでお茶をする、喫茶店として当たり前の風景がある。

昨日、キヨシさんの受賞パーティーにお邪魔させてもらって、初めての夜の世界を知った。キヨシさんの生き様がまるっとパーティーになったような、それはもう粋で愉快で楽しい時間。

私にとって、長島にある過去は知らないことばかりでとても新しい。このさざなみでゆっくり味わっていこうと思ったのでした。

「サウダーヂな夜」という変わったカフェバーで創刊された「週刊私自身」がいつの間にか私の代名詞。岡山でひっそりといつも自分のことばかり書いてます。