読書記録『ある男』 平野 啓一郎 (著) を読んで。

『ある男』 平野 啓一郎 (著)

 謎を追っていく小説であり、社会的問題を深く織り込んだ作品なのですが、しかし、その一番深くにあるものは、「人はなぜ、文学を、小説を読むのか」ということだと、私には思われた。最終章に、そのことが、この上もなく感動的に結実する。
 そこに至るまでは、謎解き興味で読みつないできたはずなのに、最終章、思いもかけず、ボロボロと泣いてしまいました。この小説の筋立て展開としてもそこは大変に感動的なのですが、私が泣いてしまったのは、小説、文学、読書ということについて私が考えてきたことと共感共鳴する考え方が、大変に美しいエピソードの中に語られていたためだろうと思います。

 ここ最近読んだ、日本の純文学小説としては、出色の出来と思いました。最近の日本文学の潮流通りに、震災後の、政治の右傾化に対する鋭い批判が大きな比重を占めて語られますが、そのことに、小説が押しつぶされていません。そうした社会的視点を多く盛り込みつつ、より深いテーマが見事に表現されています。
 「読んでいる間、他人の人生を生きる」という小説の本質をメタ構造として小説内に取り込みつつ、ある種の人間(読書家)にとっては、「文学が救いになる」ということ。人生の困難に立ち向かうために、文学がどうしても必要なものなのだということを美しく力強く描いています。

 間違いなく、純文学の力作ですので、その方向がお好きな方にはお薦め。エンターテイメントとしての小説が好き、という方には、「真面目すぎ」と感じられるかも。

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