『戦後的思考 』加藤 典洋 (著)を読んで。こんな闘志にあふれた本は読んだことがない。

『戦後的思考 』(講談社文芸文庫) 文庫 – 2016/11/11
加藤 典洋 (著)


Amazon内容紹介
「1995年、戦後50年目に発表された「敗戦後論」は、単行本刊行後、百を越える批判を左右両翼から浴びた。本書はその反響の醒めぬなか、それらを正面から受け止め、「批判者たちの『息の根』をとめるつもり」で書き始められた。「戦後的思考」とは何か。戦前と戦後はなぜ「つながらない」のか? 今こそ我々に必要な、生きた思想と格闘する画期的論考を、増補改訂を施し、21世紀に再度問う。」

ここから僕の感想。
これは驚くべき本で、こんな本は、今まで読んだことがない。前著『敗戦後論』に対し、左右両翼から浴びた批判に、全身全霊、すべての力を振り絞って反論する。その思考の深さと、反論の立論のために持ち出してくる文学と哲学との深い知識と。深い考察と、そして、なんというか、気合というか、気迫というか。
 加藤氏は、そもそもが卓越した知的能力、論理的思考と、文学的センスと、知識教養を備えた人ではあったのだろうが、歴史上、加藤氏同様の能力や知識を備えた知識人というのは、それなりの数が存在してきたのだと思う。しかし、このような、純粋に文学思想的な意味での過酷な状況に置かれ、それに立ち向かうという体験をした人、それを乗り越えた人というのは数少ないと思う。この本を書いたことが、これ以降の、「戦後」についての本にも「村上春樹文学批評」についても、他の追随を許さぬ深いものになっていく、大きな転機となったことは間違いない。
 文学思想以外の、例えば戦争体験、ホロコースト、弾圧、大災害、何かそういう「過酷な体験」を経て、そのことを通じて、思想を、ただならぬ高みにまで突き詰めた思想家、文学者というのは、様々いると思うのだが。
 しかし、著書が批判を浴びて、しかも集中砲火のように右左360度から批判を浴びて、それに対し一人で本気で四方八方に殴り返して、そして、20年も過ぎた今、振り返れば、明らかに加藤氏があらゆる批判者に対して、勝っていたというような、そんな話は、あまり例がないことだと思う。

 一章 戦後的思想とは何か
Ⅰ は大西巨人からの批判に対して、ハーバマスとヤスパースの対比を視点に、答えていく。
二章 誤りをめぐって
 Ⅱは、吉本隆明と中野重治の転向をめぐる考察から。丸山眞男的な戦後的価値を徹底的に批判する。戦後の「正しさ」から戦前を批判するあり方を徹底的に批判し、間違い、誤り切った体験、転向という体験、すべてを失ったところからの、戦後の意味を 
 Ⅲは、『戦艦大和の最後』を書いた吉田満と、それを批判した江藤淳、その江藤淳を批判しながら。戦中も存在し、戦後も継続する左右の対立と、天皇の問題が凝縮した稀有な戦争文学としての『戦艦大和の最後』を、何度も改稿されたその改稿の細部を分析しながら、戦前と戦後がどのように真っ二つにへし折られているか。そのへし折られたことの意味を戦後的価値としてどうとらえるのかが論じられる。
三章 私利私欲をめぐって
Ⅳ・ 佐伯啓思=ハンナ・アーレントの市民的立場からの批判に対し、なぜその批判が混乱し、浅いのかを分析していく。
Ⅴ 前章からの課題を、より深く西欧の近代思想史の中で掘り下げる。ホッブス、ルソーから始まりヘーゲル、マルクス、
最後ドストエフスキーに至る流れの中で「私利私欲」から市民社会を構築するという視点から、戦後の価値を明らかにしていく。
四章 戦前と戦後をつなぐもの
Ⅵ  天皇と戦争の死者 昭和天皇VS三島由紀夫
ということで、最終章最後は、私の初めからの興味の中心である三島由紀夫の、『英霊の声』を中心とした、戦前と戦後のつながらない構造、つなげるべきでない問題が明らかにされていく。今まででいちばん納得した『英霊の声』『憂国』論でした。

と書いても、ひとつもわからないですよね。うん。
「日本の戦前と戦後はつながらないことが本質である。これをつなげようとする試みが、必ずそこにひそむ最も深い「断絶」の契機を回避するという自己欺瞞に陥らずにいないのは、そのためである。三島は、この本でここまで述べてきた吉本と同様、世にどのようにいわれようと、どのような自己欺瞞をも排して、この「つながらなさ」の川を最も深い瀬で渡ろうとした、戦争世代出身の戦後日本人である。」

これは、読んでみてみて、と勧めることはできない本である。あとがきで、著者は、「意外にも批判者たちからの再反論はなかった。読まれなかったのかもしれない。あるいは飽きられた、もしくは呆れられたのだったかもしれない。」とか「この本への反響のなさへの落胆からか、それから十七年間というもの、一度もこの本を読み返さなかった」とも書いている。

しかし驚くべきことに、全然古びていないというか、むしろ今、この状況で読むと、きわめて現代的というか、当時の反論者たちの古臭さが際立つのである。

すでに廃刊になっているのか、kindle版でしか買えなかったのだが、なぜか文庫本版ではあるはずの東浩紀氏の解説がついていない。悔しいので、先ほど、Amazonて゛中古の文庫本を注文してしまった。東氏がどんな解説を書いているのか、読むのが楽しみです。ルソーの「一般意志」について、この本で加藤氏はかなり掘り下げた分析をしており、東氏には「一般意志2.0」という著書がある。そのあたりも含めて。

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