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小さなミコッテの冒険

 子供が冒険者になろうとしてギルドに訪れる。頻繁にあるわけではないが、そうめずらしい出来事でもない。

「なぁいいだろう! オレを冒険者にしてくれよ!」
「そうは言ってもねえ」

 ウルダハの冒険者ギルド、クイックサンドの女将であるモモディは目の前のミコッテ族の少年を見た。
 おそらく12歳前後だろうか。

「オレはアイレスバロウ家で稽古つけてもらったんだ。もう一人前だよ」

 アイレスバロウ家の評判はモモディも耳にしている。人材育成に長けた家で、孤児たちを保護して冒険者かつ使用人としての教育を施しているらしい。
 ミコッテの少年は典型的な剣術士の格好をしている。慣れていなくていかにも装備に”着られている”感じだ。
 いくらなんでもこの少年を冒険者として認めるわけにはいかなかった。あまりに危険すぎる。

「あなたに冒険者はまだ早すぎるわ。お家に帰って、後5年くらい訓練を続けたほうが良いわ」

 モモディは穏やかに言ったが、ミコッテの少年はそれを侮辱として受け取ってしまったようだ。

「なんだい! いいさ! だったらオレが一人前だって証拠を持ってきてやる!」

 ミコッテの少年は尻尾の毛を逆立てながら、飛び出すようにクイックサンドを出ていった。

「あ! 待ちなさい!」

 モモディは慌てて追いかけるが、少年はあっという間に見えなくなった。

「どうしよう、困ったわ」
「もし、どうされましたか?」

 品の良い声をかけられたモモディが振り返ると、ロスガル族の女性が立っていた。

「もしかして、あなたはアイレスバロウ家の人?」

 ロスガル女性はメイド服を着て赤いハチマキをしている。それはアイレスバロウ家出身者のトレードマークだ。

「はい。イヴァナ・リナシュ・アイレスバロウと申します」
「ちょうど良かったわ。実はミコッテの男の子がやってきて冒険者にしてくれって言ってきたの。でも私がまだ早くと言ったら、一人前の証拠を持ってくると飛び出して行ったの。その子はアイレスバロウ家の出身者と言ってたわ」

 ロスガルメイドの耳がピクリと動く。

「その子は茶色い肌で銀髪、泣きぼくろがあったでしょうか」
「ええ、その子で間違いないわ」
「でしたらわたくしが連れ戻しましょう。わたくしは家出したその子を保護しに来たのです」

 イヴァナの背中にはガンブレードがあった。彼女がロスガルだと考えれば、おそらくガレマール帝国製ではない”本物”のガンブレードだろう。

「なら、後はお願いするわ」

 モモディはイヴァナの立ち振る舞いを見て、相応の実力者だと見抜く。

「なんだいなんだい! 師匠だけじゃなくてあのオバサンまでオレを半人前扱いしやがって!」

 ミコッテの少年はぷりぷり怒りながら中央ザナラーンを歩いていた。
 ウルダハ近くにいる魔物は害虫・害獣の延長にあるような雑魚だ。
 一人前だと証明するにはもっと大物の首が必要だと思った。

「ジャイアントトータス、見当たらないなあ。アイツを仕留めたら、オレをみんな一人前だって認めるだろ」

 このあたりでは特に体が大きな魔物だ。ミコッテの少年は獲物を求めて進む。
 ウルダハとの距離が開くに連れ、ミコッテの少年の胸には高揚感がましていく。
 鼻歌まじりに歩くミコッテの少年は将来を思う。
 見事ジャイアントトータスを倒し華々しく冒険者デビューした後は、数え切れないほどの冒険するのだ。

 エオルゼアだけで満足する気はない。イルサバード大陸の反対側、東方の国や新大陸にまで足を運び、世界の全てをこの目で見るのだ。
 虹色の空想をしているとやがてジャイアントトータスを見つけた。
 獲物はもしゃもしゃとザラナーンの荒野にわずかに生えた草を食べている。

「しめしめ」

 ミコッテの少年はほくそ笑みながら腰のショートソードを抜く。
 少年は真正面から戦いを挑むつもりだった。不意をついて有利に戦いを運ぶという最低限の作戦すらない。
 自分なら小賢しい作戦なんて必要ないと少年は思っているのだ。
 戦いを挑もうとしたその時、背後から物音が聞こえ、ミコッテの少年は振り返る。
 巨大蟻の魔物、アントリオンだ。

「邪魔するってんなら、まずはお前からやっつけてやる!」

 ミコッテの少年はショートソードをアントリオンの頭に叩きつける。
 手がしびれるほどの硬い衝撃が返ってきた。そのせいで武器を取り落としてしまう。

「あっ!」

 アントリオンが後ろ足で立ち上がり、前足で打撃を繰り出してくる。
 ミコッテの少年はとっさにバックラーで受けた。ちゃんと防御したはずなのに、骨の芯が痛くなった。

 防御の時はしっかり両足を踏ん張る。師匠からそう教わった戦いの基礎を、ミコッテの少年は初陣の興奮で忘れている。
 ミコッテの少年は攻撃を受け止めた時に尻もちをつくように倒れてしまった。
 アントリオンはミコッテの少年に覆いかぶさるようにのしかかった。
 凶悪なアントリオンの顎がミコッテの少年の眼前で開く。

「うわあああ!」

 ミコッテの少年は恐怖で悲鳴を上げる。
 少年は師匠から言われた言葉を思い出した。

「戦いは常に恐ろしいものです。あなたはまだそれを受け止める心構えが出来ていません」

 ミコッテの少年は自分はそれがすでに出来ていると思っていた。同世代の子供たちでは自分は一番強い。強いから戦いなんて怖くないと思っていた。
 それは勘違いだということを、ミコッテの少年は最悪の状況で思い知らされた。
 アントリオンはミコッテの少年の首を食いちぎろうと攻撃を繰り出す。
 ミコッテの少年はすんでのところで攻撃を回避する。

「この! この!」

 ミコッテの少年はバックラーの縁でアントリオンの頭を殴りつける。
 だがアントリオンはほとんどひるまなかった。

「嫌だ」

 ミコッテの少年は涙をにじませながら言った。

「嫌だー! 死にたくない!」

 叫んだ直後、アントリオンの姿が消えた。
 一瞬後、ドサリと何かが落ちる音が聞こえた。アントリオンが地面に落ちた音だ。

「間に合って良かった。怪我はありませんか?」

 ザラナーンの太陽の逆光で顔は見えない。だが声で何者であるのかミコッテの少年はわかった。

「師匠!」

 ロスガルのメイド。ミコッテの少年の師匠であるイヴァナだ。
 ミコッテの少年は視界の隅で、アントリオンが起き上がるのが見えた。
 メイド服をまとったイヴァナが黒と白の風になる。アントリオンは一瞬で真っ二つにされた。

「さあ、帰りますよ」
「師匠ー!」

 ミコッテの少年はイヴァナに抱きついた。

「怖かったですか?」
「……うん」
「もう冒険者を目指すのを諦めますか?」

 ミコッテの少年は首を横に振った。

「いつか絶対、怖くても戦えるようになってやる」

 イヴァナは慈しむような笑みを浮かべてミコッテの少年を見る。

「わたくしの見込みは間違っていなかったですね。あなたはきっと立派な冒険者になれますよ。さあ、ウルダハに戻りましょう」

 二人はクイックサンドへ向かい、モモディに心配させたことを謝罪した。

「オレ、またここに来るよ。その時はちゃんとモモディさんに認めてもらえるだけのヤツになってやる」
「ええ、楽しみんしているわ。そういえば、まだあなたの名前を聞いていなかったわね」
「オレの名前はウェーべライト。ウェーべライト・アイレスバロウだ!」

「ウェーべライト・アイレスバロウ?」

 書類にサインされた名前をモモディは知っていた。かつてクイックサンドに訪れた、あのやんちゃなミコッテの少年の名前だったのだ。
 モモディは顔を上げて目の前の人物を見る。品の良いミコッテのメイドがいた。


 雰囲気は全くの別人だ。しかし、よく見るとたしかにあの時の少年の面影が彼女にあった。

「あなた、女の子だったのね!」
「あの時はご迷惑をおかけしました」

 光の戦士は少し照れながら言う。ただのやんちゃ坊主から成長した彼女のその振る舞いは、師匠であるイヴァナそっくりだった。

Tips

ウェーべライト・アイレスバロウ
 今でこそ上品で淑やかなメイド冒険者だが、幼少期はかなり男勝りでやんちゃな子供だった。
 師匠であるイヴァナに対しては最初の頃は反発してばかりだった。しかし、魔物に殺されかけたところを助けられて以来、イヴァナを尊敬するようになり、冒険者とメイドの修行を真面目に受けるようになった。
 幼少期の自分はかなり恥ずかしい過去と思っているので、暁の血盟の仲間たちには秘密にしている。

イヴァナ・リナシュ・アイレスバロウ
 アイレスバロウ家に所属するメイドの一人。ロスガルの女性。
 元はリナシュ家の出身者。リナシュ家はガレマールに支配される前のボズヤで王族の護衛や生活の世話をしていた一族だった。
 17歳の頃、シタデル・ボズヤ蒸発事件で家族を失ったイヴァナは、アイレスバロウ家に保護される。その後は、同家の一員として孤児たちに使用人訓練や冒険者訓練を施していた。
 ウェーべライトが独り立ちした後はボズヤ・レジスタンスに参加している。 

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