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タンポポ笛(小説リアルショートストーリー)Vol3

そんな彼は、小3の1学期から、体調がすぐれない日が多くなっていった。なんだかよくだるそうにしていて、学校も休む日の方が多くなった。
まだ子どもだったあたしは、心配なのに誰にもこまちゃんのお休みの理由を聞くこともできず、何かしたくてたまらないのに、ただ学校に来た時だけ、こまちゃんのそばにくっついて様子を見守った。
「大丈夫?」そう聞くと
「うん、大丈夫だよ」という言葉が返ってくるのを、すでに十分学んでいたので、もう「ダイジョウブ?」とは聞かないことにした。
何にも気にしていないフリをしながら、前と変わらず振舞って「ふつう」にして見せると、こまちゃんは心配されている時よりもずっとホッとした顔を見せた。

そのうち、それが『病気』になって、小3の終わりには入退院を繰り返していた。ひさしぶりに学校にいるときのこまちゃんは嬉しそうだった。
同時に、隠しきれない疲れや不安が、痩せて透き通った白い頬にじんわりと滲み出ていた気がした。頬がこけても、髪が抜けてバンダナを巻いた姿で登校してきても、こまちゃんはいつも笑っていた。
その笑顔は弱々しく、あたしの心を一層かきたてた。
こまちゃんの顔色は、どんどん濁っていった。
目の下のクマ。
つやのなくなった髪の毛。
より一層細くなった手首。
私が恋をしていたこまちゃんのもつ、明るくすっきりした空気はもう、そこにはなかった。

しばらくしてこまちゃんの病気が『白血病』だとわかった。
いま、こまちゃんがどこにいるのか、どの病院で何をしてるのか、症状はどうなのか、お見舞いに行くにもそのチャンスをどうつかめばいいのか。
方法がわからなくて、うじうじしているうちに、日々に呑まれて、私はすっかり流されてしまった。自分の都合のいいように、事態を消化してしまった。いつの間にか、ぷっつり学校に来なくなったこまちゃんの存在は、あたしの中で、ゆっくりと少しずつ、でも確実に薄れていった。
その頃のあたしにとって、こまちゃんはもう、恋焦がれていた人ではなく、ただ耳に入る情報を聞くたびに心を掠める程度の存在になってしまっていた。

今、思う。
なんて寂しいんだろう。
後悔はやまない。

小6の冬、1月8日。朝からしんしんと雪が降っていた。
朝の会で担任の先生の口から信じられない言葉が耳に飛び込んできた。
「駒井君がな…昨夜、亡くなった。」
クラスの中に衝撃が走った。
卒業を間近に、こまちゃんは数年の闘病生活の末、息を引き取った。
12歳という年齢で。明日が当たり前に来るはずの若さで、病気とは言っても誰もが治ると思っていたのだ。こまちゃんが死ぬなんて、考えもしなかった。教室のあちこちから、すすり泣きが耳に響いていた。

こまちゃんが、死んだ。
心の中で呟いてみる。
いや、うそでしょ。こまちゃんが死ぬわけないよ。
だって、まだ12歳だよ・・・?


通夜の日は、シンと身に凍みるような真冬の寒い夜だった。
母に背中押されてノロノロと支度をしながら、こまちゃんの葬式場に向かう。とても気が重かった。現実を受け止められないまま引きずられるようにして連れて行かれた。沢山の人がそこにいて、沢山の人が苦しそうな顔をして、うつむいて、泣いていた。
お経とすすり泣きと鼻をつく線香の匂いの中で、あたしは、黒い喪服の集団の奥から、静かに笑いかけてくるこまちゃんの遺影を見つめていた。
白黒の、大きな写真。健康で活き活きしてて魅力的で、あたしが恋してたこまちゃんがそこにいた。

咄嗟にあたしは「泣かなきゃ」と思った。
悲しんで、泣かなくちゃ。
それが償いで、責任だと思った。
でも、どう頑張っても涙は滲むことすらしない。
こまちゃんがいないという、実感がない。 
なんて薄情なんだろう。
あたし、こんなに冷たい人間だったんだ。
なんにもしなかった。
なんにもできなかった。
―――いや、なんにもしようとしなかったんだ。
自分都合の言い訳の奥に隠れた事実を見つけた瞬間、
猛烈に自分に怒りがこみあげてきた。

どこにも辿り着くことの出来ない心を持て余して、泣くことを諦めたあたしは「どうしてあんなに泣けるんだろう」と、隣のおばさんをぼうっと眺めた。

ただ、こまちゃんに会いたかった。
今、すぐそこにある小さな棺の中に納まっているだろうこまちゃん。
こまちゃんの顔が、見たかった。
こまちゃんの肌の温もりに、触れたかった。

高い天井に向かってまっすぐに立ちのぼる、
線香の白い煙の筋を目で追う。そういえば
こまちゃんと隣り合っていたあの時から、飛行機雲って見れたんだっけ。

『こまちゃん。もし、あたしのことを覚えていたら、許してくれるなら、
 天国に行く前に会いに来てください』

人が死んだとき、天に召される前に会いに来てくれる「夢枕」という知識にすがりついて、切実にそう願った。

お願いします。
会いにきてください、こまちゃん。
会いたい。
会いたい。
会いたい。

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