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間取り図で遊ぶー急に「間取りを考えろ」と言われても

 多摩ニュータウンの近傍で育った私の周囲には、いつも間取り図があった。
 私が子供時代を過ごした1980年代後半、ちょうど多摩ニュータウンの開発がピークだった。ジブリの「たぬき合戦」に描かれた世界の、まさに現場である。毎週のように新聞の折込にはニュータウン新街区のチラシが入る。

実験的間取り

 当時はバブルということもあり、まだ住宅・都市整備公団が開発主体であった。現在の新築マンションにもほとんど見られないような、実験的な構造や間取りのマンションが、続々と計画され建設されていた。

 ちなみに個人的に特に興味があり、今でも中古物件情報をフォローし続けているのは八王子市南大沢のベルコリーヌである。ベルコリーヌについては『国土論』(内田隆三,2002)にも興味深い論考があり、稿を改めてnoteに書きたいと考えている。

 1990年代の半ばだった。その頃、ちょうど離れて暮らしていた祖母が入退院を繰り返すようになった。

 「同居」できるマンションをニュータウン内に探そうと、父が忙しく情報を集め始めたころだった。抽選とか、応募とか、玄関は二つとか、そういう言葉がかわされていたのを覚えている。

 しかし、祖母はその後すぐに亡くなってしまった。実験的2世帯マンションでの同居生活は実現することはなかった。

 結果、マンション熱は燃え上がるだけ燃え上がった後、ぽっかりと、充当されなかった空白を作り出してしまった

何も意味しない記号としての間取り図

 引っ越す予定が突然なくなってしまった我が家の事情などお構いなしに、新しいマンションのチラシが続々とマス・メディアにはさまって供給される。いまでも、あの両面カラーチラシのインクの匂いを覚えている。

 いつしかマンションは、私にとって、最初から最後まで結局からっぽでしかなかった「空白」を埋める「記号」になっていった。それはまさに「浮遊するシニフィアン」というやつで、具体的な対応物から遊離して、記号それ自体として、他の記号との差異だけを知らしめる、記号本来のダイナミクスを顕にした記号である。

 その記号の、饒舌かつ具体的な存在形態こそが間取り図であった

間取り図に赤入れする自由

 子どもながらに不満だったのは、どうも父親が、駅からの距離と、住戸の面積ばかりを考慮し、間取りの中身はほとんどどうでもよいと考えているらしいことだった
 あとから思えば、長時間通勤で残業も多かった父にしてみれば「駅近」を重視するのは最もなことである。また当時の公団住宅は抽選式であり、当選確率を考慮すれば、戸数の少ないタイプの住戸にわざわざ応募して抽選からはずれるのは避けたかったのだろう。

 しかし、子どもの私はそんなことにはお構いなしに、間取り図を手に入れては、どの部屋にどの家具を置こうか、誰をどの部屋に配置しようかと、勝手に想像しては楽しんでいた。そしてとんでもないことだが、勝手に間取り図に「赤入れ」をして部屋をひとつ増やしたりして遊ぶようになった。

 まさに記号は増殖し、記号自身が自己から他へと差異化していくというやつである。

間取り図ソフトで遊ぶ

 そして今でも、週末の前になるとポストに投函される中古不動産のチラシを手にとっては、チラチラと眺め、面白い間取りの物件がないか、探してしまうのである。

 そんな間取りとの付き合いであるが、最近ふとしたことで、パソコンで間取り図が描けるソフト「Sweet Home 3D ®」の存在を知った。これがあれば好きなように間取り図が描けるし、部屋を増やせるではないか。ということで、さっそく使ってみた次第である。

 記念すべき第一作はこれである。

 なんともミニマム。とても「図面好き」が描いたとは思えないような殺風景、いや、現実的なものになった。

 何も考えずに、ソフトウエアの操作を試しながら適当に線を引くと、こんな小さな箱が浮かび上がる。無意識の構造を浮かび上がらせる「連想」の下手な奴、といったところだろうか。

 記号としての間取り図たちは、私の眼の前を次々と通り過ぎていっただけで、結局私には何も残していない。私が、私だけと向き合って、間取り図を「自分で」ひねり出そうとしても、最初に出てくるのはコレである

 なにもないところから、0から1を区切りだすことと、すでにあるものが差異化していくこととは、こんなにも違う。


注)ちなみに私は、建築の専門家でもなければ、不動産ビジネスの関係者ですらない。不動産との関わりとしては、実際に住宅に住んでいるだけである。上記図面の建築学的、法規的な妥当性については、一切考慮していない。




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