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現世界グルメ『ホットドッグ』


 世の中には、色んなファストフードが存在する。その中で、究極のファストフードは何か、という事を考えた事はあるだろうか。
 個人的に強く主張したいのは、回転寿司である。あれは1つの究極の形だと思うのだ。
 日本の主食と言えるだろう、日本人の愛する米が食える。そして、日本人に向けたかのような生魚も食えるのが握り寿司だ。
 その寿司が、チェーン店なら百円程度から食べられる。その究極の形が回転寿司と言えるだろう。
 そもそも、寿司は熟鮓なれずしと呼ばれる、ファストフードの対極にあった。米を寝床にして、保存食として寝かせる必要があったからだ。
 あまり知られていないが、本来は魚などを発酵させる漬け床として米が使用され、米は食用ではなかったらしい。しかし、米が勿体無いと食べたのか、ネタもシャリも食べるようになった。
 更にせっかちな日本人は米を発酵させるより、酢を使って酢飯を作る事を考案したのである。
 そして、ネタも発酵させるより生魚のまま食べられる「早寿司」として、握り寿司へと昇華し、ファストフードとなったのだ。
 実際、初期の握り寿司は安価で、握り飯に近いサイズのものを屋台で食べていたのだとか。
 いわばスローフードである熟鮓から、ファストフードの握り寿司へと変化し、ファストフードから江戸前の高級寿司など高級料理へと昇華し、そしてまた回転寿司の誕生によって、ファストフードの位置にまで降りてきたのが寿司である。
 これほどに扱いが乱高下した料理は、世界を見回しても、なかなか例がないのではないだろうか。
 その最も最新の姿とも言える回転寿司は、日本が産んだ究極のファストフードの1つの形と言えよう。
 まず、ベルトコンベアーに乗って色んな料理が廻っている所を想像してもらいたい。レーンを流れる料理は何でもいいはずだ。
 だが、回転〇〇という料理は、ほとんど寿司しか存在していない。一部、回転点心中華や回転スイーツなどがない訳ではないが、レーンを回り続ける料理と言えば、寿司を置いて他にない。
 そう。色んな種類を食べたいと言う欲求を満たしつつ、熱々や出来たてでなくても大きな問題がない。冷やし続ける必要もなく、次々と食べられる量。そして、一皿の値段が控え目に設定できる。更に言えば、値段が明示できる上、高級店となってしまった従来の寿司屋より、フランクでカジュアルに楽しめる。
 信じられない事に、回転寿司は、回転させる料理として、最初で金の鉱脈を掘り当てたのだ。
 何と素晴らしい事だろう。最適解かつ唯一無二とも言える答えを、最初に見つけ出したのだから。
 そして、回転寿司の素晴らしいところは、座った瞬間にすぐ食える事である。空席さえあれば、待ち時間が存在しない。寿司ネタを選びさえしなければ、考えるまでなく小腹を満たせる。
 しかも、どれだけ食うかも自分で決められるのだ。言わば、コンビニエンスストアで、好きなものだけ買ったら、その場で食える状態と変わらない。更には席まで用意されている。
 大概はお茶も飲み放題で、生姜も食べ放題。ワサビも付け放題。こんな天国は、そうそうないだろう。
 だが、寿司にはファストフードとして欠けている要素がたった1つだけある。
 それは何か。簡単だ。立ち喰いや歩き喰いが出来ない事だ。いや、無論のこと、やろうと思えば出来ない訳ではないが、そういう意味ではない。立ち喰いや歩き喰いに適さない、という意味だ。
 そう。究極のファストフードたるもの、立ち喰いできること。歩き喰いできること。直に手で食えること。片手で食えること。ながら喰いが出来ることが条件に入るべきではないだろうか。
 食事に対して真摯な気持ちがあったらそんな事は出来ない? 行儀が悪い? いいや、違う。今、求められている料理の答えはそんな所にない。
 ファストフードだ。究極のファストフードの話をしているのだ。100万円前後で買えるオススメの軽自動車は? と言う設問に対し、ベンツと答える馬鹿なのか? 今この瞬間に求められているのはファストフードなのだ。
 ここでようやくパンの登場だ。確かに、この条件を満たす米には「おにぎり」という選択肢が存在する。しかし、おにぎりにはちょっとした弊害も存在してしまうのだ。
 米は、指にくっついてしまうと言うことだ。無論、これには海苔があるだろう、と言う、ごく当たり前のツッコミが入る事は想定済みだ。
 ツッコミを入れた貴兄らは、自信を持って言えるだろうか。
 海苔は指にくっつかない、と。
 そう。作業しながらの「ながら飯」をしようという時に、米や海苔が指先にくっつくなんてのはマイナス以外の何者でもない。しかも、ちょっとおしぼりで拭いたぐらいでは、なかなか綺麗にならない。特に味海苔。
 私はパンよりも白米を愛する人間だが、それでもファストフードとしての基本性能はパンが一枚上手と認めざるを得ないのだ。
 そして、パンの中で最強のファストフードとは何だ?
 サンドイッチ伯爵ジョン・モンタギューが生み出したと言われるサンドイッチ? そいつをこんがりと焼いたホットサンド? それともファストフードの代名詞とも言えるハンバーガー? それとも日本人が進化させた惣菜パン?
 はっきりと言うが、どれも違う。以下の理由でこれらは不完全だ。
 冷めたハンバーガーは格段に味が落ちる。
 ハンバーガーは包装紙が厄介。ソースが垂れやすく、口や指が汚れやすい。具がズレやすい。ハンバーガーは問題外だ。
 惣菜パンはハンバーガーに勝るが、それでもやはり、手が油やソースで汚れやすかったり、具材によっては口も汚れる。また、具材がポロポロとこぼれ落ちるなどの欠点がある。
 その点、サンドイッチは正解に近い。限りなく正解に近い。食べやすさ、持ちやすさ、この点においてほぼ正解だと言える。
 サンドイッチはどれほど工夫を懲らそうとも、中々に「軽食」という域を出られない性を背負わされているのだ。
 基本的に、野菜やハムが主な具で、食べやすさを重視する為か、ハムは薄切りなのである。いや、ジューシィな鴨肉を入れたり、ライ麦パンにたっぷりのサニーレタス、なんてサンドイッチなら舌も胃袋も満足だ。だが、それはファストフードの条件から外れる。
 そりゃ、コロッケサンドもいいだろう。ハムカツサンドだってある。しかし、それらは焼きたてのハンバーガーやカツサンドの代用品として、モアベターを選んではいないか?
 ふむ? ファストフードは「間に合わせでいい」のだから、「軽食でもいい」のではないか? いいや違う。無論、それで構わない人も大勢いるだろう。
 だが、今「軽食でもいい」「それで構わない」に頷いたのではないか? そう。そうだ。本当はもっとガッツリ貪りたいと要求しているのではないか?
 舌も胃も脳も、ボリューミィで食い応えのあるモノを欲しがってるんじゃないのか?
 ああ。ついでで申し訳ない上に残念だが、ホットサンドはそれを満たしてくれる一方で、幾つかの条件を満たせなくなる。手間や時間が掛かる上に、何よりパン屑が散乱するからだ。また、しっとりしたサンドイッチと違い、具もこぼれやすい。
 そう。他の候補がなければ、それでもサンドイッチは最強のファストフードの座に就けただろう。
 だが、究極のファストフードはここにあった。
 ホットドッグである。
 パンに適度な野菜。そしてソーセージ。
 そう。穀物、野菜、そして肉と言う究極のバランス。
 それがどれほど完成されているかは、惣菜パンを見ればわかる。ホットドッグの紛い物のようなソーセージパンがどれほど多いことか。
 この、たった1本のソーセージがもたらす多幸感は異常な程だ。ハムやスライスチキンでは満たされない肉への渇望を癒してくれる。
 だが、ソーセージ単体が素晴らしい訳ではない。空腹を満たし、エネルギーを与えてくれるパンという炭水化物。これがソーセージを挟み込んでいる事により、油がくどくならない緩衝材の役割も果たす。そして野菜が、次のひと齧りへの潤滑油となる。そう。あの細長い形状が、食べやすさ、持ちやすさというインターフェイスとして非常に優秀なのだ。
 こんなにも素晴らしいホットドッグは、大概の場合においてハンバーガーより、サンドイッチより安いのが不思議でならない。いや、安いのは素晴らしい事だが。
 また、ホットドッグ亜種のような惣菜パンが多い事で示されているが、ホットドッグは冷めても極端に味が落ちない。熱くても冷めてもイケるなんて、まさに熱い野郎ホットドッグだぜ。
 そんな最強のホットドッグの中でも、最強のホットドッグとはどんなものか。
 主役とも言えるメインはソーセージだが、ソーセージは良質であれば良いと言うものではない。
 ソーセージ単体としちゃ噛み切れないほどの弾力とブ厚さの腸壁をオススメするが、ホットドッグのソーセージはそれじゃ駄目だ。
 パンと一緒に噛み千切れるギリギリの腸壁。無論、弱くても薄くても駄目。
 そして、噛み応えにアクセントをつけてくれる、粗挽きがいい。そして、ジューシィながらも冷えた時にくどくならない程度の油脂。ハーブは少し控え目だ。
 それを包むパンは、硬くちゃ話にならない。柔らかすぎても駄目だが、ソーセージごと噛み切る時に、ギュッと掴んだ指の形が残るぐらいの詰まり具合が最適だ。
 生地は、ほんの少しだけ甘い方がいい。豚の脂の甘味には、それより少し甘い味付けが必要だ。
 そして、ケチャップとマスタード。マスタードは粒混じりのアメリカン・マスタードが合う。風味の強過ぎる和がらしや、澄ました高級感の出るフレンチ・マスタードじゃマッチしない。
 野菜は、ソーセージの熱と脂でしなったサニーレタスもいい。
 コーニッション(小キュウリ)のピクルスも捨てがたい。ちなみにコーニッションのピクルスならマスタードはフレンチの方が相性がいい。
 いや、パンとソーゼージの熱に挟まれて汗をかくスライスきゅうりも悪くない。
 だが、最強の三重奏を奏でるには、キャベツは外せない。
 ああ。確かにザワークラウト(シュークルト、酢キャベツ)は素晴らしい。ソーセージの付け合わせにはザワークラウトの他なんて考えられないだろう。だが、違う。ソーセージとのデュオじゃないんだ。ホットドッグというトリオなのだから。
 ホットドッグに合うキャベツはこれだ。
 少し粗めに刻んだキャベツを、クタッとするまで鉄パンで炒めるんだ。
 しっかり胡椒を振れ。おっと、ブラックペッパーをミルで挽くなんて真似はするな。粒胡椒はソーセージのハーブ感を損なっちまう。いいか。テーブルコショーをたっぷりだ。
 そして、絶対に忘れるな。
 炒めたキャベツにはカレー粉だ。
 このカレーキャベツが、ソーセージとマスタードを別次元にまで引き上げてくれる。
 パンは焼き過ぎるなよ。表面がツルっとするぐらいまで焼ければ充分だ。焦がさないようにな。
 たまらない。これが、これこそが最強のファストフード。これこそが最強のホットドッグだ。こんなに美味い料理を、作業し「ながら」の片手で食えるんだぜ。
 あまりの美味さに、作業をする手が止まっ ちまうな。

 ※ この記事はすべて無料で読めますが、投げ銭(¥100)1回で、約1/2ホットドッグです。よろしくお願いします。
 なお、この先にはあとがき的な何かが書かれています。


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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。