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悪魔に見られた男

著者名 嘘奴人・希望金子

僕が無駄一万字家筆まめの事を知ったのは、灼熱の太陽がコンクリートジャングルに火を放ち人々の首筋に滝のような汗をかかせていたある夏の日だった。
海上ではボードに乗れない僕は、せめてここだけでは!、と思いながらnote上をサーフィンしていた時に、決められた1日の自由な時間の中でいかに効率よく情報を集めるかで明日の自分のポジションが変わってくるこの世の中で、到底解せない著者名を見つけた。

それが「無駄一万字家筆まめ」。

一万字もの文章を書いているのにもかかわらず自らそれを無駄と謙遜しているように言いつつも、わざわざ「一万字」という自己を肯定してもらいたいという欲望も垣間見せる大胆さ。そのくらくらするような目の奥を刺激するタイトルに、文字通り痺れた。その痺れはまるでThe StoogesのFunhouseを初めて聴いた時のような、鋭いなまくら刀で切り捨てられたティーンエイジャーの醜くも美しい傷跡を見るような高揚感を覚えた。
僕はその日から家元の無駄な一万字を心の支えに毎日を過ごし始めた。まだ入門できていないので家元ではないのだが。

その当時の僕はといえば、毎日同じ事を繰り返して、退屈な日々を送っていた。朝起きて仕事に行き帰ってきたらテレビを観る、それの繰り返し。なんの刺激もない、漠然とこのまま朽ち果てるのだろうなって思っていた。
縁起という言葉の通りに、何もしていない人生だから何も縁が起こらないのだろうと諦観に似た気持ちで寝起きしていた。因果応報もなにもない平坦なただ老いていくだけの人生。よくテレビで観る、人生をグラフにしたらこうなりましたってやつを有名人がやっていたりするけれど、もしも自分がそれをやったら、ゼロラインのところを一直線に横にマッキーで線を引くだけだ。ADの方には楽な仕事を提供してあげられる。
こんな人生を歩ませる為に親は僕を産んだのかな?って、寝る前のあの1人で宇宙に放り出されて漂う事しかできなくて無力感に包まれて寝る瞬間に思い、たまに申し訳ない気持ちでいっぱいになり何かをしてみようと思うけど、どうにもこうにも始められない。
始められないのには自身の極限にまで磨き上げられたプライドが邪魔をする。ここまで何もしていなかったのだから、天才達のような特別なナニカを成し遂げられるのではないかと自分に根拠のない期待をしすぎている。永遠に続くロードトリップに出ているようだ。どこかに行きたいと思い目的地もなく車に乗り込んで息巻いて出発するが、結局降りる場所が分からずにガソリンが切れる前に無難に家に帰ってくるだけ。そして気が付くといつものように好物のフライドチキンを口に頬張りウイスキーでそれを流しテレビを観て笑っている自分がいて凍りつく。しかし、それをよしとする自分がいる。これでまたナニカを始める時のガソリンになるぞなんて言い聞かせながら。それの繰り返しの人生だった。

『無駄な一万字』という人生を凝縮したような言葉を胸に刻み込んだ僕は、翌る日から行動を変えてみようと思った。
スーパーのレジで店員の目をしっかりと見てありがとうを言うとか。口にしている食べ物の内容を考えながら味わって、だからこういう味になるのかと納得するとか。ドアを静かに閉めるとか。身の回りの些細な事に気をつけて生きるように心がけてみた。
するとどうだろう、今まで何も起こらないなと思っていた毎日にも縁の起こりはあったのだと気がつき始めた。
その最初の変化は食事だった。
いつも朝に決まった献立を食べていた。食パンにブルーベリーのジャムを塗りたくって、コーヒーでそれを胃に流し込む。それが僕の朝の常だった。内容物を考えながら食べるようにしたら、ここに酸味が少しあると美味しいかもしれないと考えるようになった。そこで、その日の帰りにスーパーでクリームチーズを買って帰ってきた。一晩中朝食べるパンの事を考えて美味しさを求めた。食パンを焼いて、クリームチーズを塗り、その上にブルーベリージャムを塗りたくる。口にした瞬間に別次元の食べ物に出会った感覚に陥った。クリームチーズがパンとジャムの繋ぎ役をしている。口内で行われているビッグバンに立ち会った。今まで触れ合ってもなにも感じていなかった2つが、第3の要素が介入する事により全ての点と点が繋がり線になり見事なマリアージュを実現していた。
人生はこれなのかもしれないと思った。地面ばかり見ていても始まらない。これは失敗するだろうなと思っても一歩踏み出す事で予想もできない化学反応が起きる。それによって、自分は生きる事への意味を見出せる。
今ならパとマに対して申し訳ない気持ちもなく会って話せる。その時にブルーベリージャムとクリームチーズの話をしてあげたいと思う。彼らは笑って息子が見つけた真理を褒めてくれるだろうか。

僕は無駄一万字亭に入門できるのかどうかはこの時点では分からない。しかし、入門出来るように日々を観察して何も起こらない事を礼賛していきたいと思う。


*これはフィクションです。DPMメンバーの誰の話でもありません。

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