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私は何者なのか vol.2

好きになったらとことん、な性格である。という事に自分自身が気づいたのは結構大人になってからの事ですが、思春期と呼ばれる季節をひたすら彼等に捧げたことに我ながら良くやったと思っています。

そんな事を思いながら、vol.1から引き続き繋げてまいります。


彼等の事で自分だけ知らない事があるのが心底嫌で、とにかく調べ倒した中学時代。膨大な情報を毎日毎日更新しながら過ごし、高校受験をむかえます。
三度の飯より好きな彼等と受験は私の中で冷戦を引き起こすほど。成績は良くはなかったけど、ここならチャレンジできる学校を選び受験する事に。受験勉強は本当にしんどく、沢山の感情と戦いました。その甲斐あってか、無事に次の階段を登り、新しい景色にたどり着きます。

視界が大きく広がった時期

高校生になったらリアルなチャゲアスファンを見つけたい!そう意気込んでいたら、いたんです。
別の高校でしたが、友達になった子が紹介してくれました。
以来その子とライブに行くまでになり、2000年の福岡でのカウントダウンにふたりで参加しました。その時の一部始終を確か冊子にして文通相手に送りまくってた記憶があります笑
バイトは遠征に全て使っていましたし、ひとりでどこまでも飛んで行ってました。

高校3年にもあるとさすがに先を見つめる時期になり、私は2つの選択肢に揺れます。

●文章の勉強をするため専門学校へ進む

●心理学をするために大学へ進む

前者は私っぽいのですが、後者は自分でも意外なものでした。
よく相談や秘密事を聞く役が多く、人に寄り添いたい、と思った出来事がありました。
仲良しグループのなかで揉め事があったんです。話し合いをしたいから付き添って欲しい、と言われ、その空間にいた時に、なんでこんな突き離すような言葉を息をする間もなく放てるんだろうか、と相手側の子の話しをずっと聞いていました。
その時のモヤっとした感情を整理したら、人に寄り添える人になりたい、が弾き出され、心理学を学びたい、になったんだろうと思います。

結果私は前者を選択しました。
商業高校からの大学進学は当時あまりなく、成績も振るわず、という事も要因の一つでした。
後は、本当にやりたいものはなんなのか。
これを最終的に自分に投げかけた気がします。

この時期もあいも変わらず、飛鳥涼は私の側にいました。
チャゲアスがいれば何もいらないし、怖くない、そう強く思っていたあのころ。

高一のGWに一人で福岡に行った時に、ほぼエンドレスでずーっと電車で聴いた曲。
今でも聴くと胸の奥がざわめきます。思春期のガチャガチャした感情がすぐに戻る感じです。

ここから先の未来、少しずつ変化が起きてきます。

              また次回に^ ^

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