俺のせい?(後編)
今までのいきさつはこちら。
三度目。
「注文してた練炭が今日届く。」という一行のメッセージ。
(んー、今までと方法が違うな...)
何かを実行するようなことは書かれていなかったが、すぐに行かなければならない衝動に駆られ、仕事を早退してヤツの家へ向かった。駐車場に車がなく、焦りながらもインターホンを鳴らした。
ヤツは留守にしていて、出てきたのはお母さんだった。
手短に自己紹介を済ませ今までの経緯を話した。そして"今回は本気かもしれない"ことを伝えた。
ポストを確認してもらうと、ヤツ宛の不在票が入っていた。中身はわからないが、とりあえず本人には隠しておこうということになった。
俺が電話をしてもお母さんが電話をしてもヤツは電話を取らない。
『このまま連絡が取れない場合は捜索願を出した方がいいかもしれませんね』とお母さんに話すと、「今すぐ行きます。一緒に来てくれませんか?」と言われた。
その段階ですぐに警察に行くべきなのか、行くのはまだ早いのか、判断がつかなった。
とにかく、俺の運転で最寄りの警察署へ向かった。
車の中でお母さんが電話をかけるが、案の定応答はない。
「今、お友達のじんさんと一緒です。これからあなたを捜すために警察に行ってきます。無事なら連絡してね。」
留守電にメッセージを吹き込むお母さんの声は震えていた。
警察署に着き対応してくれた署員に相談すると、事務的に話を聞かれた。こちらにしてみれば一大事だが警察ではよくあることなのだろう。
そうこうしているうちにお母さんの携帯が鳴った。ヤツからだ。
今から警察署に向かうけどお母さんは帰って欲しい、とのことらしい。
話をぜんぶ信じることはできないので、ヤツが警察署に来るまでお母さんと一緒に待った。
俺よりも心配しているだろうに、優しく落ち着いて俺に接してくれた。
母親をどれだけ大事に思っているか、ヤツはよく話していた。
そのことをお母さんに言うと、穏やかな笑みを浮かべ小さくうなずいた。
余計なことを言ったかなとも思ったが。伝えておきたかった。
しばらくすると機嫌が悪そうにヤツが現れた。
「じゃ、私はこれで。タクシーで帰ります。申し訳ないけどよろしくお願いしますね。」とお母さんから後を託された。
『おい、お母さんにひとこともなしか?』
「うるせーよ」
ヤツは怒っていた。
「ちょっと話がある。」
『とりあえずファミレス行こう。俺が後ついてく。』
車2台で近所のファミレスへ向かった。
席について、おそらく1分にも満たない沈黙だったが、10分にもそれ以上にも感じた。
俺から何か言うべきか、話を切り出されるのを待つべきか。
そして、唐突に言われた。
「あのさ、はっきり言って迷惑なんだよね。ほっといてくれないかな。」
すかさず返した。
『俺からも言わせてもらうけど、死ぬんなら黙って死んで?匂わせたり予告されたりしたらまた同じことするよ。』
また少し沈黙が流れた。
「わかった。今日は帰る。」
念のため自宅までついていき、玄関を開けて家の中に入るまでを見届けた。
もっと他に言い方はなかったのか。
優しいことばを掛けるべきではなかったのか。
帰り道、運転しながらそんなことばかりを考えていた。
しかし、その晩にヤツからメッセージがきた。
「さっきは気が立ってて申し訳ないことした。ごめん。」
どんな返事をしたのか忘れてしまったが、翌日にはいつも通り冗談を言い合っていた。
その頃の俺は、時限爆弾を抱いているような気分だった。
こんなことを俺ごときが一人で抱えていていいのか...
何事もなく数ヶ月が過ぎ、桜が満開になったころ。
あれは金曜日だっただろうか、それとも土曜日だっただろうか。
夜中にヤツからのお誘いがあった。
「ねぇ、暇なの。ドライブ行かない?笑」
翌日に予定があったので、その晩は断った。
一度断っても素直には引き下がらない。
「えー、行こうよドライブ~!」と、いつもの駆け引きが始まる。
でもその晩はどうしても出かけたくなかったのでやはり断った。
「オッケー!また声かける!」
その翌日の朝。時限爆弾は爆発した。突然のことだった。
お母さんから電話で知らされた。
頭の中は真っ白だったが、なぜか光が射していた。
「いけたのか。楽になれたのか。」
悲しいはずなのに、「やり遂げることができたんだな」という気持ちが先だった。
通夜の夜も同じ感覚でいた。
泣いている友達を他人事のように見ていた。「いいじゃん、あいつは解放されたんだよ。」
一時的におかしくなってたのかもしれない、俺。
告別式の日、「ぜひ、お友達も一緒に骨を拾ってやってください」と家族の方が言ってくださった。
仲の良い友達数人で骨を拾わせていただいた。
骨上げまで終わり解散になったが、俺も参列していた友達も、みんな放心状態でしばらくロビーから動くことができなかった。
そして、なぜそのタイミングだったのかわからないが、俺の中で何かが決壊した。
何の前触れもなく感情が溢れ出し、涙の洪水に襲われた。
傍にいた友達に抱きついて泣き崩れてしまった。
何にも遠慮せず、なりふりも構わず。
溢れ出てきたのがどういう感情だったのか今でもわからない。
ただ、ひたすら泣いた。
いったん落ち着きを取り戻すと冷静だった。
(意外と大きな声出ちゃうもんだな。)
(友達の肩びしょびしょにしちゃったな。)
(コンタクトレンズずれたな。)
なんだろう、この冷静な気持ち。
「解散する前にみんなでお茶していこう」と、帰る前にワンクッション挟むことにした。
葬儀の空気、それぞれの感情を一人だけで持ち帰るのは少ししんどく、誰もが誰かと言葉を交わす必要があった。
そこで、その場いた友達に打ち明けた。
『俺さ、亡くなる前日に誘われたんだよね、ドライブ行こうって。断っちゃったんだけどさ。もし断らなかったらどうだったんだろう...』
「いや、遅かれ早かれだったんだよ。そのせいじゃないよ。」と、みんなが口を揃えて同じことを言った。
(まぁ、そうとしか返せないよな)
俺のせいかもしれないし、そうではないかもしれない。
何があっても死ぬな、といえばよかったのか?
あの晩の誘いを断っていなければどうなっていたのか?
何かが変わっていたのか?
"たられば"は尽きなかった。
「今、どこにいるの?」
家に帰ってきて一人になった俺は、何の気なしに彼にメッセージを送っていた。
なにやってんだ、俺。
毎年、桜が咲き始めると考える。
『やっぱ俺のせいかな。』
もし俺のせいだとしても、「そうだよ!お前のせいだよ!どうしれくれるんだよ!笑」
と、笑って小突かれて終わりなんだろうな。そういうヤツだ。
最近になってそう思えるようにもなってきた。
けど、
聞いて欲しい話がある。
相談したいことがある。
自慢したいことがある。
観て欲しい映画がある。
聴いて欲しい音楽がある。
なんでもいいから話したい。
そしてやっぱり、「ごめん」と言いたい。
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