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刹那を永遠に変えさせてほしい

※「刹那」というテーマで書いたものです。

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人生で失敗したなあと思うことは多いが、やり直したいとは思わない。でも、時間を巻き戻せないかな、取り消せないかなと思うことがひとつだけある。 ひとつだけ願いを叶えてもらえるなら、時間を戻したいことがある。

大好きな友達が、死んだ。たったの25歳だった。
高3で前期も後期も席が隣だったことで、急激に仲良くなった。毎日しょうもないことを言っては笑っていた。お兄さんがいた彼女と幼なじみが男だったわたしは、幼稚園以来に流行っていたビックリマンチョコについているシールを集めては見せ合った。陶芸を愛する彼女は、運動部でもないのに浅黒く日焼けし、腹筋を鍛えていて制服の上からさわらせてもらった腹筋はいつも硬かった。健康を擬人化したような人だった。

奇遇にも、彼女が推薦で入った大学の、同じ校舎にある学部に浪人を経て入り、よくカフェお茶していた。誰よりもいつでも会える友達で、そんな縁が続いて一緒におばあちゃんになるんだと思っていた。

なのに。

頑張り屋の彼女は、推薦で大学に入った後もまじめに勉強し、毎年地方まで考古学の発掘に一か月くらいかけて行っていた(ほかの考古学をやっている人に聞いたところ、女子でそこまで熱心に発掘に行く人は珍しかったらしい)。さらに極めるために大学院へ進み、就職を決めてから大変な思いをして修士論文を完成させ、卒業旅行でヨーロッパに行った。戻ってきたら会おうと約束していたが、3月に入院した。
そのときmixiの日記に書いていた言葉が今も忘れられない。「少々やっかいな病気にかかってしまいました。でもきっと大丈夫。だといいなあ。」
どんな気持ちでその言葉を書いていたんだろうと思うと、今も涙が止まらなくなる。

お見舞いに行くよと言ったら消毒などやっかいなことが必要な状況だからいいよ、と言われたときから、多分よくない病気なんだろうなと思った。向こうから言わない病名はとても聞けなかった。

それから定期的に連絡を取った。休み時間や仕事の帰り道にメールした。絶対に「元気?」という言葉は使わないようにした。何にもできないから、せめて気にしてる人間がいるよって伝えたかった。

夏の彼女の誕生日にプレゼントを贈りたくて、入院中の暇つぶしになるものを聞いた。体力が落ちてしまい、それでも元気な日は読書やゲームをしているとのことだった。

結果的にDSのソフトを送ることになり、その時話題になっているソフトをジャンル別にいろいろ開設し、彼女が希望したレイトン教授のソフトをプレゼントすることにした。だからいまだに、レイトン教授を見るとそのことを思い出してしまう。

そのあと少しして、メールが全然返ってこなくなった。考えたくないけどそういうことなのかな、と思った。最悪の状況は考えたくなかったけど……その数か月後の朝、起きるのが苦手なのになぜか朝早く目が覚めて、次の瞬間に携帯に彼女の名前が表示された。でもそのメールを送ったのは本人ではないんじゃないかなと思った。

話だけ聞いたことのある、まだ続いているのかいないのかは知らなかった彼女の恋人から、昨日亡くなったというメールだった。その時やっと病名を聞いて、急性白血病だったということを知った。入院したと知ってから8か月だった。

病気になる前に携帯を水没させた彼女の携帯にはあまり連絡先が残っていなくて、ご遺族に頼まれて、数十人に亡くなった連絡をすることになった。いろんな人から「どうして?」と返ってきたけど、そんなの私が聞きたかった。

なんで彼女じゃなきゃいけなかったの?
すごくいい子だったのに、なんでこんな。

彼女は努力していただけじゃない、誰よりも友達がいのある友達だった。私が失恋したあとしばらくおかしくて、泣きながら電話をかけた時、もう家の近くまで帰っていたのにわざわざ新宿まで戻ってきてくれた。そんなことしてくれる子はそういない。

その後しばらくして、会った時にわたしを見て「太ったね」としみじみ嬉しそうに言うから、失礼なことを言うなって思ったんだけど、一時期やせ過ぎててやばいなと思ったんだけど、その時のわたしにはとても言えなかった。だから健康的になってよかった、と言われた。確かにいろいろあってご飯が食べられなくなって、一気に10キロ減った時があった。自分では体重が落ちて嬉しかったけど、そんなに心配かけてたししてくれてたのか、と思った。

きっとわたしだけじゃなくて、ほかにも彼女に救われていた人はたくさんいたと思う。きっとまだまだこの世に必要な人だったのに。なんで、なんでも誰よりも頑張り屋で優しかった彼女が、これからという時に病気になって死ななきゃいけなかったのか。

わたしはいつもしてもらってばっかりで、待ち合わせも待たせてばっかりで、感謝さえ伝えられず、何のお返しもできなかった。
お葬式のとき、棺の中の彼女に向かって今までありがとうと言ったけど、遅かった。

死んだ人は生き返らない。知ってる。でも今でも、悔しくてたまらない。大事な人が死んだらただただ悲しいものかと思ってたけど、だいぶ時間かたっても悔しくて仕方がない。それが宿命だったというなら、宿命というやつを許せない。

よく亡くなった人の分も〜という言葉があるけれど、そんなことできない。その人の人生にはその人にしか生きられない。
できることなんてないけど、せめてできるのは、彼女が私にしてくれたように、わたしも友達やまわりの人に見返りなく優しくし続ければ、わたしがそういう人でい続ければ、少なくともわたしが生きている間は、彼女の精神はわたしの中で生きている、ということになるんじゃないか。だからわたしは、この悲しさや悔しさをずっと忘れないで生きていく。

そんなの、ただの自己満足かもしれない。悲しいことがあっても相変わらず私はしょうもないやつだなと思うことも多いけど、そうしたらいつか、胸を張って会えるだろうか。それが刹那を永遠に変える方法なんじゃないかと思っている。

#まいにち日記 #エッセイ #コラム #刹那 #Sheis #dotcolony

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ぐみ♡偏愛ライター

ほぼ日更新。ロックボーカリストオーディションからモーニング娘。が好きです! ハロープロジェクトとかき氷と映画とバンドとガンダムとまどマギが好きな編集・ライター。ほぼ日の塾5期生。2019年は好きなものや自分の体験を生かした仕事をしたい!
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