お金、時間、それぞれの新しいものさし


お金について、時間について、これまでたくさんの方々のそれぞれの定義というか考え方というか、思いを聞いてきた。


どれも納得のもので、それは当然だとも思った。みなそれなりの人生を歩んできた中から生まれる自分の言葉だから彼らが自分で話せば説得力も増す。


正直頭では理解しても、自分のフィルターを通してそうだよな!と思ったことはなかった。


いい言葉がすべていい影響を与えるのではなく、どんな言葉でも聞いた本人がその言葉を人生を送っていくうえでどう調理していけるかの方が大事だと思っている。


よくある話で、過去に先人たちが言っていたことは、随分後になって、こういうことが言いたかったのか!と理解することがある。


これは無意識にその言葉が頭なのか心なのか、しっかりと刻み込まれていて、シチュエーションと合致したときにフィードバックされるんだと思う。


無意識に調理してるんですよ、たぶん、その言葉を。気にかけている。


ここ最近はその逆の現象が起こる。



これまで私がしてきたことを誰かに説くとかそんなことはあまり好きではないのでしないが、うまく言葉にできない、説明できないことがある。


他人の言葉から自分のしてきたことが、言葉にできる、肯定できる、否定できるようになっってきた。


コミュ力不足ではない。自分としっかり向き合ってこなかったからかもしれない。


他人の言葉で気づかされた、もしかしたらあなたの心にも響くかもしれない、その言葉は、タイトル通り、お金と時間のものさし。


「お金は使ってしまっても取り戻すことができる」

「失った時間は取り戻せない」


言葉だけ聞けば「そうでしょうね」なんて意見も多いかもしれない。


この言葉は今後調理していく言葉ではなく、これまでの私はそうだったんだと、だからこうしてきたんだと自分を肯定できる、または否定できる言葉であった。


このパターン珍しくないですか!?



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