見出し画像

女の子と賢さ、冒険と愛の話/『梨の子ペリーナ』イタリアのむかしばなし

酒井駒子さんの挿画が印象的で、発売とともに話題となっている『梨の子ペリーナ』イタリア語翻訳家の関口英子氏が、イタリアを代表する作家であり、全土をめぐって『イタリア民話集』を著したイタロ・カルヴィーノの再話から選び訳された物語です。

イタリア北部に位置する豊かな丘陵地帯につたわる昔話には、梨をはじめ、ブドウやりんごなどの果樹栽培が盛んだということ。中でも、このお話のモチーフとなっている「梨」は特産品であり、さまざまな調理法で古くから人々の食生活に欠かせないものだったそう。『ペリーナ』=梨の子、というそのものズバリの名も、イタリア語では果物をすべて女性名詞とするので、果物の化身はおんなのことして描かれる、ということが暗黙の了解としてあるようです。【あとがき】に著された関口氏よる愛情たっぷりの解説はとても分かりやすく物語の背景を示してくれており、本編を読み始める前に目を通されるのもおすすめです。

画像4

さて、主人公・ペリーナの冒険譚は、実の父に(足りなかった献上梨のかわりに)かごに入れられ宮殿へ収めされてしまうところから始まります。時代背景を考えればそれほど珍しいことではなかったのかもしれませんが、なんとも哀しい話です。しかし、話中に、ペリーナ自身の想いや独白は殆ど登場しません。昔話として長い年月をかけてそぎ落とされてきたシンプルさ以上に、彼女の【芯の強さ】をページをめくるごとに感じさせる、そうした役割も担っていると感じます。

画像1

優しい召使いに助けられ、宮殿で働き始めることができたペリーナ。同世代の王子様とも仲良くなれ、賢く、てきぱきと仕事をこなす彼女は当然ながら嫉妬の対象に。こころない陰口から、”魔女の宝ものをとってこれる"と吹聴していると誤解され、王さまに「宝物を取ってくるまで帰ってきてはならない――」追い出されてしまいます。

さぁここからは、まるで日本の定番古典の『三枚のおふだ』をも連想させるような、ハラハラの冒険譚のはじまりです。おそらく梨の木の妖精なのでしょうか、おばあさんの助けを借りて、ペリーナは3つの試練をくぐり抜けて、魔女の宝箱を手にすることが出来ます。そこで終わりではなく、来た道を帰らなければいけないその道中に、旅の前半、彼女が施した「ある行動」が、彼女自身の帰路を助けることになるのがとても興味深いところ。ペリーナ自身が賢くはありながら、策略や保身とは無縁の純粋な存在として描かれており、そこにはカルヴィーノ自身の、更には語り継がれたこの物語のそれぞれの時代の語り手達の、そうであってほしい、という美しい願望が含まれているようにも感じられます。

画像2

無事、宝物を手に入れ宮殿へ迎え入れられたペリーナ。最後のページに描かれる、王子様との幸せな結末は、途中、厳しく薄気味の悪い試練をくぐり抜けるペリーナを緊迫した気持ちで見守った読者をほっと、和ませてくれます。

冒頭に書いたように、ペリーナ自身の独白や個人の想いを極力そぎ落とした”昔話”に、美しく繊細ながらも、人物の感情を表に出しすぎることのない酒井氏の挿絵が、舞台となったモンフェッラートの穏やかな風景、かつての時代やおとぎ話のような魔法の部分も試練も、胸に沿うリアリティを持って描き出します。「女の子」「賢さ」「冒険」、そして得られる「愛」。ひとつの定番であるそのような定石に外れることない昔話は、往時の人々が感じたのと変わらない爽快感を、現在の読者にも与えてくれるでしょう。

画像3

最新刊『梨の子ペリーナ』に先立ち、”世界のむかしばなし絵本シリーズ”として、ヨーロッパを中心に知られざる珍しい物語を紹介しつづけるシリーズから、私たちは新たな驚き、そして子供のころによく知られる物語から得た事と変わらない感動をもらえることに、きっとびっくりするかもしれません。BL出版によるシリーズ、まだまだ読みたいものがいっぱいです。ひとつひとつを咀嚼しつつ楽しみながら、『ペリーナ』のような魅力ある主人公の強さと明るさが、私たち読者の心を照らしてくれる「昔話」にこれからも出会い続けたいと思います。

(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?