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ひらがなエッセイ #2 【い】

      い、いろはにほへと。

    「いろはにほへと」は「いろは歌」と呼ばれており、七五調(7音・5音の順で繰り返す形式の詩のこと)で同じ仮名を使用する事なく作られている。

いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせす(ん)

    漢字を混ぜて書くとこんな感じ。

色は匂へど 散りぬるを
我が世誰そ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず

    わかりやすく書くとこんな感じ。

香よく咲く色とりどりの花も散ってしまう。この世は誰にとっても永遠ではない。無常の現世という深い山を今日超えれば、儚い夢をみることも、現世に酔いしれることもないだろうに。

    酔っ払いのおじさんが言えばこんな感じ。

綺麗な花も散りまんがな。金持ちのあんさんも持ってへんワシもいつか死にまっしゃろ。だからしょうもない事考えんのはやめましょ。今日やめましょ。儚い夢なんかみる事なんかないし、酔わんでもやっていけるっちゅーなもんや。

    何故に酔ったおじさんを登場させたのかはさておき、大体こんな感じだと認識している。

    普段から馴染みのある「いろはに〜」にはこんな意味があったんだね。なんて、この情報化時代に、わざわざ調べりゃ分かる事を書いて得意げにしてる味噌舐め小僧共、よく聞け、貴様らのやってる事は文字の転売屋だ。一言でも一文字でもそこに自分の魂はあるのか、明治後期から昭和初期にかけて活躍した【泉 鏡花】と言う私が敬愛する小説家は、言葉には言霊が宿ると信じ、誰かに漢字を説明する際、虚空に書いた文字さえ丁寧にかき消したと言われている。恥ずかしくないのか、恥ずかしくないのか、恥ずかしいよなぁ、私も同じだよ。認めたくないモノを認めなければ先に進めない。そして、この道の先に、私が憧れた人達は誰一人居ないって事、とっくの昔に知ってる。

    じゃあ、何故「いろはにほへと」にしたのだ。もっと色々あったのに選んだのはお前じゃないか、との問いには半笑いで「えへへ」と会釈するより他無い。弱さは罪なりや、これも誰かの言葉だねぇ、治ちゃん。最後に【泉 鏡花 】関連の美しい言葉でお別れとしよう。泉 鏡花(いずみ きょうか)がこの文章の裏テーマであった事を見透かされる前に。


別れろ切れろは芸者のときにいう言葉。私には死ねとおっしゃってくださいな。


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