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ひらがなエッセイ #43 【ろ】

    芸能人が通うような【露天風呂】付き客室で、テラス席の椅子に腰掛けて、ただぼんやりと空を眺めていたのはいつの日だったか。エレガントな雰囲気の木造建築という額縁越しに見た夜空は、今までの人生の中で見た事が無い表情を浮かべていた。人は同じ空の下で繋がっている、という言葉が陳腐に思えるぐらいに。

    大浴場へ続く廊下の窓越しに見える庭には、牡丹の花が飾られていた。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。これは美人を形容したことわざだが、確かに美しい女性が庭に坐しているように見えた。好きな花が咲く季節に人は死ぬと言う。あの牡丹に恋をしたら、私は春に死ぬのだろう。春か、それでも良いか、そんな事を考えながら大浴場の湯に浸かり目を閉じた。肩の力を抜いて、あぁ、と呟いたら、笑い声が聞こえた。ゆっくり目を開ければ、見慣れた顔が近くにあった。なるほど高級旅館、芸能人であった。

    芸能人は裏表が激しく一般人と会っても会話などしないのだろうな、とやんわり思っていたのだが、向こうの方から声をかけて頂いた。とても気さくで優しく、それでいて返しに瞬発力のある人だな、そう思った。どんな職業であれ人は人だ。一般人でも裏表が激しい人なんて幾らでもいる。ただ、こんな高級旅館に泊まっているなんて、やっぱり芸能人だなぁ、そうも思った。お風呂上がりはビールを飲むまで水分を取らないと言う縛りで温泉を楽しんでるんですよ、と教えてくれた。その日、私もそうしてみた。なるほど、ビールがこんなにも美味しく感じるなんてねぇ。日常に自分ルールを設けて遊ぶ、その楽しみを教えてもらった気がした。

    今でもテレビをつけてその人が出る度に、私はあの日の会話を思い出す。いつかまた何処かの温泉で会えたなら、おそらく私の事なんか忘れているであろうその人に、温泉の楽しみ方を教えてあげようと思う。

    どんな表情をするのであろうか。

    よい週末を。

    たまには旅行も良いもんですよ。

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