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日本の伝統工芸・竹細工の歴史と魅力を語る

竹細工とは、竹を加工したり、竹ひごを編み込んで細工物を作ったりすることをいう。

または、日用品・農具・漁労具などの荒物、茶道具などの工芸品、竹とんぼや水鉄砲といった玩具の中で、竹を素材とした細工物のことを指す。

竹ひごの編み込み方・編組(籠目)の種類には、基本となる六つ目編み、四つ目編み、ござ目編み、網代編み、さらには、異なる太さのひごを駆使した波網代や、麻の葉編み、松葉編み、やたら編みといった装飾的な特徴を高めたものなど、用途に応じて様々なパターンがある。

素材となる竹にはマダケが最も多く利用されており、伐採したままの青竹、火であぶったり(乾式)、苛性ソーダで煮沸したり(湿式)して油抜きをした晒し竹、ある程度炭化させた炭化竹、伐採後数ヶ月から数年間自然に枯らしたもの、家屋の屋根裏で数十年間囲炉裏や竈の煙で燻された煤竹と、種々の素材が流通する。

これらは弾力性、硬さ、耐久性などが異なり、利用目的によって使い分けられる。

青竹は容易に入手できるが、耐久性に問題があり、晒し竹や炭化竹に加工する事でその問題点は改善する。

煤竹は独特の色(煤竹色)をしており、硬く、耐久性に富むが、入手は困難である。

マダケについで孟宗竹も多く用いられる。

孟宗竹は、もっぱら青竹のままで利用される。

別府竹細工や日田の竹箸などの竹工芸の盛んな大分県は、マダケの面積、生産量とも全国一のシェアを占めるとともに、竹材業者も多いため、加工された素材も入手が容易である。

日本では長い歴史の中で、様々な竹工品がつくられてきた。

そのほとんどが生活用具であったが、実用性と美しさを兼ね備えた名品が残されている。

「東大寺の華籠 (けこ) 」は、竹の薄板を編んでつくった籠で、仏教の儀式で撒く花びらを盛るために利用された。

深めの形と浅めの形があり、底裏の墨書から聖武天皇の一周忌斎会に用いられたと考えられている。

「法隆寺の竹厨子 (たけずし) 」は、奈良時代の経巻を納めた竹製の厨子で国宝に指定されている。

主に中国南部に自生する篠竹 (すずたけ) の一種と考えられる竹が使われ、屋根や柱の修理箇所には日本産の竹も見られる。

法隆寺献納宝物の一つで、法隆寺東院伽藍を建立した行信 (ぎょうしん) 僧都が、聖徳太子の様々な遺品とともに奉納したと言われている。

千利休の竹花入「園城寺」は、千利休が小田原攻めに同行した際に、伊豆韮山 (にらやま) で採った竹に一重の切り込みを入れたもの。

表面の千割れを園城寺の釣鐘の割れにちなみ、園城寺と名付けられた。

利休の侘び茶の美意識を投影した名品として名高い。

竹は、木材や石材と同じように身近な素材として古くから様々な用途に用いられてきた。

その歴史は縄文時代にまでさかのぼり、底面に網代 (あじろ) の痕がついた縄文式土器が発掘されたり、青森県の是川遺跡の竹で編んだ器に漆を塗り重ねた籃胎漆器 (らんたいしっき) が出土したりしている。

竹は腐朽しやすい性質から、生活道具としての竹工品はほとんど残っていないが正倉院に収められた多くの竹工品から様々なものがつくられていたこと、それに伴って技術も発達したことが伺える。

その後も、日本各地でそれぞれ特色のある竹工品が発展。奈良県の高山茶筅、静岡県の駿河竹千筋細工 (するがたけせんすじざいく) 、岡山県の勝山竹細工、大分県の別府竹細工が伝統的工芸品に指定されている。

竹は、温暖湿潤な東南アジアを中心に生育する植物で、日本でもごく一部の寒暖地をのぞいた幅広い地域で育っている。

さらに最近では、モウソウチクの北限地が北海道の函館周辺から稚内に達すると言われ、温暖化によって竹の生育地は広がりつつある。

種類は多く、世界に約1,200種、日本国内でも600種を超えるといわれ、マダケ、モウソウチク、ハチクは日本三大有用竹である。

その特性は、種類によって多少の違いはあるものの、竹稈(ちくかん) が空洞で軽いわりに強く、表面は滑らかで、弾力性があり、湾曲しやすく、裂いたりして加工がしやすいことが挙げられる。

また、他の植物 に比べて生長が速く、3年ほどで利用できることから生活道具の素材として重宝されてきた。

さらに食材にもなった竹は、生活に欠かせない存在だった。

他にも飾り竹炭というものもあり、それに関しては↓こちらの記事で解説している。


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