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《寄稿》合宿で君たちが得たことと、僕が得たこと

夏の残り香と秋の音色が混じり合う中、先日内定者の自主合宿が無事幕を閉じた。
2泊3日というスケジュールの中で
・Excel講習(講師・内定者)
・文章課題(講師・内定者)
・採用プレゼン資料作成(個々人)
・採用イベント登壇練習(登壇者)
・エンタメコンテンツ視聴
・24時間連続投稿企画
という多くの課題をこなし、若干会計勉強会や法律勉強会など実施出来なかったものはあったものの、まずまずの結果だっただろう。

一方で、わざわざ合宿でやらずとも良かったのではないかという声が上がることも想定される。
合宿は費用がかかるし、尚且つ内定者が主幹だとダラダラと進む恐れも十分にあるからだ。

実際、初日はエンタメコンテンツの視聴に大きく時間を取られ、2日目からは本当に不眠不休で課題に取り組むことになった。
それに対して叱責することも当然出来るのだが、そんな事はまるで意味がないように思う。
なぜなら、翌日の発表や、個々人で進める作業に時間を充てながら、全員で何か一つのコンテンツに意見を交わすということは社会人ではほぼ無いからだ。
僕たちも、一緒に働く仲間と同じものを観ながらワイワイやれば、よりお互いの価値観を知ることが出来るし、その延長線上で仕事の話をすることも出来るだろう。だが、それは重い腰を上げなければなかなか実現出来るものではない。

また、彼らはそれゆえに2日目から長い時間集中し続けることを求められた。
それが結果として大きな達成感にも繋がるし、自信にもなる。
終盤の明け方に「結局何かあったらこれだけやればなんとかなるっていうのがわかっちゃった」という言葉を聞いたが、その「なんとかしちゃった」という経験が、心の中にある最後の切り札として持っておくことが出来、いざという時に自分を支えてくれる。

自主合宿のため、場所も日程もプログラムも自分たちで決めて、コストも自分たちで気にすることになるため「何としても何かを得ないと」という覚悟が必要になる。
今回都合上参加出来なかった内定者も、この日までに課題を作成し、記事を作成した。
また、参加しなかったからこそ出来る工夫も身につく。
参加しなくても、と言うと「それなら参加しない側のほうが得してるようでは」といった声が聞こえてきそうだが、それは違う。

この手の物事は参加して得られることと参加しないことによって考えるべき・やるべきことの性格は大きく異なる。
そのため、参加した人だけが達成感や自信、作業体力や精神力が付く一方で、参加しないことで個人でのクオリティコントロールやマネジメント能力、自立心が伸びる。
全員が参加するメリットもあれば、一部が参加しないことによるメリットもあり、やらないことで発生するメリットもまたあるだろう。
これはどれが正しいのか、ではなく、どれが自分たちのチームワークの方向性になるのかということであり、それぞれ選んだパターンの正解を模索することでチームとして強くなる。

また、勉強会はまだ全てが完結しておらず、引き続きやっていくことになるが、これらも手作りである。
あまりにも彼ら主体で何でもやってもらっているため麻痺してきたが、採用イベントの登壇を内定者に任せている会社に出会うことが無いことを思うと、相当負荷がかかっていることだろう。
いくつかの課題や勉強会と並行して完結したnote24企画も素晴らしい質のものだった。
もしご覧になった方がいれば、それが1時間かそこらで執筆されたクオリティとはとても思えないだろう。質にこだわり、量を落とさない。
若い時に量をこなさないといけないという、経験者だから語れる理屈に不満を垂れずに実行できる彼らに、今はそのスタンスそのものを褒め讃えたい。

僕は決して、優れた人事でも、正しい大人でもないという前提だが、彼らが今不十分で未完成であることは素晴らしいことだと思う。
同時にそれぞれのもつ尖ったところは、まだ無くさないで、それを伸ばしていった先の未来を見て欲しい。
良いキャリアを歩めるか、とか良い未来を作れるかまでは、どうしたって個人の選択やそれ以外の周囲の変化でも大きく影響してくるため、どうか良い人生をということを願うことでしかないが、いつか人生でふと後ろを振り返った時に、20代でやれた色んなことを思い出して笑い合えたら良いなと思う。

人生における彼らの一番の味方は恐らく家族や友人だろうが、社会人生活における一番の味方であり続けたい。

僕の人事のキャリアは中途採用からだったため、新卒採用を始めた時にその性格の違いに戸惑った。否、今もまだ、戸惑っている。
中途の採用は縁を作るものだと思っていた。自立した大人と大人が、それぞれのベストな瞬間を送れるような縁を結ぶこと。その結果は程なく見ることが出来る。
新卒の採用は、もっと支援的で直接の成果も見えづらく、自分のやっていることに確信を持てる日は随分遠い。正直わけがわからない仕事だ。
彼らが花咲く時まで、どれほどの時間がいるだろうか。その時まで自分は誰よりも彼らを好きでい続けられるだろうか。誰よりも彼らの才能を信じ続けられるだろうか。
この仕事に向いているのかどうかのジャッジは、そうした長い年月全ての先にあるのだろう。

君たちが才能ある人間であると云うことに説得力を持たせられるようになるのが僕の大人としての役割で、僕は君たちがいることで人事であったという事が残り続ける。

これから先、たくさんの壁にぶつかり、何度も自己肯定感が低くなり、ポジティブでは居られなくなる時が来るかもしれない。頑張れない時が来るかもしれない。
そんな時に、何者でもない時に踏ん張った今が、少しだけ許してくれることを願いたい。


それでは、また。

文責:採用担当 西尾

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