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ことばを咀嚼して

ベランダに出て、夜風にあたって目を瞑る。さまざまな記憶が走馬灯のように脳裏を巡った。
2年前の私は深夜徘徊が趣味だった。誰もいない静かな空気を吸い込む度に生きている気がした。

むかし掛けられたことばを反芻する。
部活で上手く成果が出ない時、「ちゃんと見てるよ」と抱きしめてくれた先輩。
部活を辞める時、「後輩との架け橋になれる貴方は必要だよ」と顧問の先生にいわれたこと。当時の私はそのことばを受け止められなくて、都合いいなんて思ったけれど、今なら咀嚼できる。
「救いたいなんて言われてもないのに救いを求めているのは違うよ」と窘められたこと。
「変わったね」と言われたこと。
「目に光が入ったね、今のさやかさんなら大丈夫だよ」と高校時代の教師に安心されたこと。
「きっと全部大丈夫になるよ」インターネットの知り合いが返してくれたことば。
「かなしいよ」と私が笑う不幸な境遇を包んでくれたこと。
「味方だよ」と今はもう連絡の取れないインターネットの友達が掛けてくれたことば。
「大切だよ」と隣でいわれたこと。

あの時の私には飲み込めなかったたくさんの思いのことばを今になってゆっくりと奥歯で噛み締めてみる。

眠れないからベランダに腰掛けて秋の空気を吸い込む。気温も肌ざわりも春みたいなのに匂いと聞こえる鈴虫の音色は間違いなく秋だ。冬が来る。
メガネをかけていないから星は見えない。雲が歪な形で黒を覆ったり魅せたりしている。なかなか効かない眠剤となかなか来ない冬の足音。
私は、ずっと。

私はずっと救われたかった。誰かに寄りかかって手放しで抱きしめられて私の人生の苦しさ全部に責任を持って欲しいと願っていた。
でもそれは愛でも祈りでもないこと、今の私にならわかる。

大切だから私に掛けてくれたことばにちゃんと気づいてその大切さと奇跡をちゃんと噛み締められるように、その準備がいつでもできていられるように。

目が見えないから探し物を手探りで彷徨う。
わたしたち、こんなんじゃなかったね。
「むかしのさやかちゃんはもっと攻撃的だったよ」と長い付き合いのネ友が言った。「私たちちゃんと変わってるよ」
ベランダから見える景色も空も目隠しの衝立越しの光も何も変わらないのにわたしたちは変わっていく。
5年前、こうなりたいと思った私に少しは近づけたかな。当時はすごく、死にたかったね。死ぬはずだった年齢の1年をあと2月で全うする。
人生を余命だと思っているからあの時の私に顔向けできるように。

変わった私たちの変われなかった部分を根底の芯をちゃんと愛して、また次の5年間で変わりたい私が変われたらいい。
どこかの部屋の換気扇の音がする。

夜の空気を肺いっぱいに吸い込んで生きてる。
もやになった光が私を包み込んでいる。ひとりじゃないよ。、
救われなくても大丈夫、ちゃんと前に進めているよ。
ちゃんと大学へ行って座って授業を受けた。毎日起きて仕事をして帰ってご飯を作った。苦手な洗濯物もちゃんと回して。生活をしている。


水が甘い。

布団はあたたかいしまた朝が来る。次の朝もその次の朝もずっと大丈夫ならいい。なんもできなくて動けない時間が少しでも少ないといい。そう祈る。
私は随分とできることが増えた。それに胸を張りたい。
私はこうして生きていくことがすきだから。ちゃんと今日も前を向いて呼吸を吐き戻さなくてよかった。
安心が欲しい。心を包むような。いまのわたしならできるかな。ずっとこのままでいれたらいい。今年の冬も穏やかでいれたらいい。

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