アップデート/細谷佳正を読んで



¥ ファンのための自伝、そして同じような悩みを持つ人への応援歌でもある

 僕は細谷佳正さんの人となりは恥ずかしながら杉田智和さんや柿原徹也さんとの関係でしか知らなかった。この本の末尾で紹介されている細谷佳正さんの出演作を見てほとんど見たことがあるものばかりで、これは細谷さんの声だと認識していなかっただけで、相当この人の声を聞いていたことになる。


¥この本は

 この本は、声優細谷佳正さんの自伝であるとともに、彼が感じ克服した同じような生きづらさを抱えている人のためのひとつの手引きでもある。

 僕がこの本を読んで、感じた細谷さんのイメージは、大勢声優が出演するアニメの番宣などで感じていたようなイメージとは少し違った。いや、違うというか多分本人はここで映し出されているような人間ではないだろうとなんとなく思っていたが、この本を読んでちょっと合点がいった感じだ。


¥子供時代

 第一章、第二章までは尾道で生まれ子供時代から声優になるまでての細谷さんの足取りが描かれている。

細谷さん自身は自分を少し変わった子供だったと回想している。80年代前半生まれとしては共感できる箇所もありつつ、声優細谷佳正のベースとなったひとつ特別な背景としては、細谷さんの家庭環境が少々複雑な点だろう。

 母親が早くに家を出ており、父親と祖母と暮らしていたこと、目の不自由な祖母が全ての家事をしていたこと、父親からの暴力、祖母の死が淡々と綴られており、どこか客観的に自分を見ているような印象を受けた。その後高校での生涯の親友や恩師との出会い、演劇との出会いがあり、声優養成所への入所、上京となる。

 ここまでは、少し不器用な青年が声優として歩み出したストーリーといえなくもない。


¥生きづらさ、そして覚醒

 声優としてデビューした後も、細谷さんは事務所で熱心な売り込みもなく、20代後半までアルバイトをしながら、食い繋いでいくという生活を続ける。

 一人、細谷さんを気にかけるマネージャーがおり、この人がとってきた仕事で徐々に仕事は増えるものの、度重なる喉の病気による手術、鬱病など心体ともにボロボロになり、3度目の手術のために休養した際、自分や他人に対する怒り、いじりや搾取により自分が今のような状態にいることに怒りがこみあげ、弱い自分をやめようと決意する。

 このあたり非常に共感する。職場でも学校でも場の雰囲気のためにあまりモノを言わない人間を贄にして、笑いや盛り上がりを取ったりする人間というのはどこにもいるものだ。私もそんな目には嫌と言うほどあってきた。

 細谷さんもまじめに人の言うことを聞き、まわりのいじりに静かに対応していた結果、こんな有様になったことにまず人間らしく怒り、周囲が全て悪いと思い、その後、結局他人は自分の人生に責任をとらない、弱い自分が変わらないとダメだと一人戦いをはじめる。


¥ひとりぼっちの戦い、そして出会い

 アフレコで自分が良いと思う意見を強く言ってみる、今まで折れていたところを折れずに貫く、面倒臭いと思われてもそれを行う。それを愚直に貫く。
印象的だったのが、自分はこういう遠慮しない自分を貫くという経験、弱い自分で妥協しない経験が必要なのだという箇所だ。結局、他人を顧みない奴は、このあたりを学生時代や若手のうちに他人を犠牲にしてこなしているが、そうではない人間は我慢して生きていくか、自分で殻を破るしかない。

 普通、このままいけば一人孤軍奮闘して消耗して終わってしまうが、やはり一線級になる人というのは、見ている人は見ているもので、柿原徹也さんや、浪川大輔さんなど不器用ながら戦いを続ける細谷さんを気にかける人々が現れ、細谷さんを孤立させず気にかける。このあたり細谷さんの人柄や人の縁の不思議さを感じずにはいられない。


¥声優という仕事の大変さ

 今アラフォーの男性声優で売れっ子の人が歩んできた道というのは様々だろうが、改めて声優とは大変な仕事だと思う。全てがどうかわからないが、いくら養成所を出て、マネージャーがついてもマイクの前ではたった一人で演技をしないといけないのだ。いくら仲の良い現場、和気藹々とした現場といってもやはりライバルなのだ。会社のように同じ事務所といえどベテランや先輩が助けてくれるとは限らない。そこでどうあがくか、自分のスタイルを確立することの大変さ、またそうだからこそ現場での事務所の垣根を越えた打算のない本当の人の縁の不思議さを感じた。(完)

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