「唯一の仕事」「唯一の家族」に依存する男たちの破滅

東洋経済オンライン連載「ソロモンの時代」第46回目です。

テーマは「離婚と自殺の相関」について。

平成は年間自殺者3万人超えが14年間も続いた時代でした。自殺と失業率との相関はみなさんご存じの通りですが、離婚と自殺も高い相関があります。
但し、男性だけです。

なぜ離婚男性の自殺はこんなに多いのか?

頼れる人が1人しかいないとか、居場所が1カ所しかないという「選択肢が1つしかない唯一依存」が最も危険です。

ぜひご一読ください。

今回もたくさんのコメントが寄せられました。が、東洋経済の方のコメントは見るに値しないクソコメばかりですね。ヘイト的だし、コメント欄で「男が憎い人vs女が憎い人」の言い争い(それも低レベルな)になっていてホントしょーもない。コメント欄やめるか、検閲後のアップ体制にすればいいのに。

一方、ヤフコメも毎度たくさんコメントいただきます。今回も21時現在で371件いただきまた。ありがとうございます。

その中からひとつ紹介します。

家族や家計を支えているのは俺だ!と思って
いたけど実は支えられているのかも
だから支えを失った時に絶望するのだろうね

男というものは、本能的に誰かを守っているという意識があればこそ生きていられるとも言えます。「かわいい」というのは元々「不憫だ・気の毒だ」という意味で、小さいものや弱いものに対して手を差し伸べたくなる気持ちを表します。それが中世以降転じて「愛らしい」という意味になりました。「可愛い」というのは単なる当て字です。

つまり、男とは妻子のような弱き者を守っているという状態こそが自己の社会的役割の確認ができるものであり、それが剥奪されると自己の存在理由を失うのだ。

コメントにあるように、それは弱き者が守らせてあげているからこそ得られる達成感だったりするわけで、男は「弱き者」によって支えられている、というのはその通りだと思う。

生きる意味を失うに等しい。

だからこそ、生きる意味を「唯一の仕事」や「唯一の家族」だけに求めてしまうことが危険なんだと、僕は言いたのです。


自分の社会的役割はひとつじゃない。

誰かの行動や誰かの消費は、巡り巡って誰かのために役立っている。あなたがコンビニでパンひとつ買うこと、街で誰かに道を訪ねること、電車で誰かに席を譲ること。そんな何気ない行動ひとつひとつが、やがて誰かの喜びや癒しにつながっていたりします。

「風が吹けば桶屋が儲かる」とか「バタフライエフェクト」とも通じる話ですが、つながりの不思議さとはそういうものです。

人の役割って目に見えるものだけじゃない。


ところで、男は決して強くないし、むしろ弱いからこそ強くあれと思わされているわけだし、女もそんなことは百も承知で、女は弱くないけど、弱いフリしてあげないと、男が生きていけないとわかっているから、弱く頼ろうとしている。

すぐ、なんでもかんでも「男が悪い」とか「女が悪い」とか、男女対立論にしようとする頭の悪い人たちがいるんだけど、男と女というものは、そういう形で互いの強さと弱さを補い合って生きているものじゃないんですかね?

但し、「たとえ結婚しても、いつまでも補い合っていられるわけじゃない」というリアルを認識しているのがおばあちゃんたちであり、おじいちゃんたちにはその認識が弱すぎなんです。

この記事は、そういう認識をもっていただきたいという願いで書いたものです。本文にも書きましたが、世のおじさんたち、学生時代や職場で知り合った以外の友人は、今何人いますか?名刺交換なしに誰かと気さくにお話しすることができますか?

あんまりいないでしょ?なかなかできないでしょ?

そういうもんなんです。

お金ばっかり貯金しているけど、大事なのは人とのつながりを貯めることです。家族がいれば安心とは言えないんですよ。

自殺の話じゃない。これは、生き方の話をしているんだ! 

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それ、幻想かもよ!

本当の自分とか幸せとか、そういうのって全部幻想かもしれないよ。
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