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日本人の米国大留学がペイしない理由

グローバル化が進み米国の大学に大量の外国人が押し寄せる中、近年日本人の米国留学が減っている事が話題に上る事が多い。下のグラフを見れば、留学する年齢層の人口減少以上に米国への留学生が減少していることが見て取れる。

この現象について日本のマスコミは「若者の内向き志向」などと繰り返し若者を批判してきたが、むしろ原因を国内的な要因に無理矢理帰結させることの方が「内向き」な姿勢と言えるだろう。

結論から書こう。日本人の米国留学が減っているのは、単に経済的にペイしないからだ。そしてペイしないのは日本人留学生のほとんどが米国で就職しないからである。

米国4年制大学における一年間の学費の平均は、私立が約3万2千ドル、州立(州外生)が約2万4千ドル(2015-16, College Board調べ)と非常に高価になっている。一流大のMBAプログラムの学費はもっと高くてハーバード大では約6万5千ドルだ。こうした高い学費は、卒業後に米国での就労が非常に有利であることから正当化される。コーネル大コンピューターサイエンス学科の学部卒平均初年俸は約9万9千ドル、ハーバード大MBAの初年俸中央値は約13万ドルだ。

留学が米国での就職の足がかりになるのは、学歴に加えて、滞在ステータスの問題がクリアできるからだ。例えば、H-1Bと呼ばれる専門職ビザを取る場合、(大学教員など一部の例外を除き)応募は4月初旬に限られ、ビザの発効は10月である。その上、ビザ費用は雇用主が持つという法律になっている。従って、企業は余計な費用を払った上で半年〜1年近く待っても採りたいというような飛び抜けて優秀な人でない限り、海外に住む外国人を採用しない。一方で、米国の大学や大学院を卒業した人はF-1 OPTという期間限定の就労ビザを取ることができるので、企業は初期費用と待ち時間無しに外国人を採用できる。

米国の一流大に留学したとしても、日本企業への就職では高い学費は簡単にはペイしない。日本で米国での就職と同等の賃金を受け取るのは、外資金融や外資コンサルなど英語力と米大卒のブランドがフルに活かせる職場でもない限り難しいだろう。

さらに米国の大学を卒業して日本で就職することには様々な軋轢もある。東洋経済オンラインは先日の記事「米一流大留学がこうも『人気薄』になった理由」(大川彰一)は、若者が正規留学に慎重になっている理由について、「就職活動の開始時期が頻繁に変更される」、「企業でのインターンシップなど、実質的に採用につながる機会が時期を選ばずに広がった」などと述べ、MBAについては「MBAホルダーを活かしきれない日本社会では転職活動が困難」、「国内でのMBA取得を目指す選択肢がより現実的」と列挙しているが、全てが日本で就職するということを前提とした問題である。博士課程に関しても、日本とのコネクションが切れると日本で就職しにくいという懸念は実際に聞かれる。

日本人留学生があまり米国で就職しないのはなぜだろうか。これには、ポジティブな理由もネガティブな理由もある。

ポジティブな理由は、日本が日本人にとってとても住みやすい社会だということだ。文化的、言語的、人種的に一様性が高い日本は、そこに属する人にとっては心地よい。また、サービスの質の高さや豊かな食文化、凶悪犯罪の少なさ、優秀な医療制度など、日本の生活環境がアメリカに勝っている点は多い。仕事に関しても、賃金水準はともかくとして世界をリードする日本企業は数多くあり魅力的な仕事も多い。そのため、わざわざ、不便で、危険で、居心地の悪いアメリカで就職しようと思う人は少ない。

一方でネガティブな理由は、日本人留学生の競争力が低いことだ。一つは英語力である。米国での就職には職種によるばらつき(前回記事参照)はあれど、留学よりはハードルが高くなる。アメリカ人の学生はもとより、欧州やインドからの留学生の英語力は日本人留学生よりも圧倒的に高く、日本や韓国などからの留学生にはハンディキャップとなる。米一流大のMBAには、日本から毎年50〜100人程度の留学生が来ているが、米国で就職するのは毎年ほんの数人というのが相場である。

競争力が低いもう一つの理由は、市場価値の高い分野を専攻している学生が少ないことだ。米国で人が足りないのは、主に STEM (Science, Technology, Engineering & Mathematics)と呼ばれる科学技術系の仕事だ。これらの分野は求人が多いだけでなく、上に書いた卒業後の短期就労ビザである F1 OPT の期限が3年間と他の分野の3倍もある。近年、H-1Bは抽選になることも多いので、これは非常に有利な要素だ。下のグラフ(出所:IIE Open Doors Data; MBA World 経由)から分かるように、日本からの留学生はこれらの分野を専攻している学生の割合が極端に低い。

このように、日本から米国への留学生数が減っているのは極めて合理的だ。もちろん、経済的な余裕さえあれば、米国に留学して英語や専門分野を学び、日米の文化や社会の仕組みの違いを理解して日本に帰ることには、本人にも日本社会にもメリットがある。実際、バブル期からの10年あまり、強大な日本の経済力を背景に多くの日本人が米国や他の国に留学したが、これは好ましいことだったと思う。しかし、物珍しさと日本の圧倒的な経済力が失われたいま、米国への留学生が減るのは現地での就労を目指さない限り必然であって、日本国内で犯人探しをしたところでトレンドを反転させることはできないだろう。

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