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小説・「塔とパイン」 #22

毎日、毎日、異国の地で、菓子を焼く。飽きないのか?と問われれば、そりゃふと「飽きる」瞬間もある。だけど僕にはもう、これしかない。好きか嫌いかと問われれば「好きな」ほうなのだろう。


嫌いだったらこの業界で働いているのは考えにくい。いや、ほんとうにそうだろうか?


ーーー泡だて器を使って、生地をブレンドする。


お菓子作りに目覚めたのはいつだっただろうか?いや、目覚めたというのは聞こえがいいけれど、ある日突然、思いついたり、なにかに触発されてそうおもったわけじゃない。


ーーーブレンドした生地に、グラニュー糖とバターを入れた。


実家は田舎の菓子店。 そう、僕は菓子店のいわゆる「2代目」だ。父親と母親が昭和に始めた小さな菓子店。そこが僕が生まれたところ。昔ながらのショーウインドウにショートケーキのモニュメントが店の軒先に飾られている。少なくとも30年は経っている。


ケーキも焼くし、和菓子も焼く。儲けは少ないけれど、家族が不自由なく生活していく分には問題ないくらいだった。父親は朝から晩まで忙しく働き、母親も家事が終われば店番を手伝っていた。


そんな家庭に生をうけた、僕。


「2代目」ともなると、親のやることに反発して、家業を蔑ろにする人もいるけれど、僕は、わりとすんなり受け入れた。父の焼く菓子は街でもそこそこ評判で、僕も幾度となく食べたけれど、美味しかった。


「僕も、菓子を、焼かなきゃ。」


ほかにやりたいこともなかったし、当時の田舎はまだまだ「継ぐ」のが当たり前の時代だったし、何より菓子が好きだったから、良い悪い関係なく僕も継ぐことに決めた。


農家の山田は、農家を継いだし、工務店の滝沢も、継いだ。そういうもんだという感じもしてたからね。まだ古き良き時代の慣習が色濃くのこる。そんなところが僕が生まれたところだ。


ーーー生地を型に流して、冷蔵庫に入れる。


まさかその選択が、あのようになるなんて、当時は知る由もなかった。


そして今、ドイツの地で生地を捏ねている。
人生、何の因果かわからない。


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