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目先の快楽か、将来の利益か。2種類の合理性の間で生きる。

昨晩はカロリーを気にせず好きなものを食べ、酒を飲み、日付が変わって25時にようやく寝ました。

今朝は目覚ましをかけず、好きなだけ寝ました。起きたら10時45分でした。

これらの行動は、一応は「合理的」なのです。

「シンプルで合理的な人生設計」によれば、合理性には2種類あります。

  1. 直感の「進化的合理性」

  2. 理性の「論理的合理性」

です。

ダイエット中にケーキを食べたくなったら、食べるのは進化的合理性です。我々の祖先は、目の前のものを食べないと死の確率が高まる状況で生きてきました。とても長い時間、今そこにあるものを食べるのが正解だったのです。

食べたら、ダイエットが失敗する。そう考え、食べないのが論理的合理性です。直感を理性でおさえるわけです。しかし、これは困難が伴います。直感に従うのは快楽で、理性でそれをおさえるのは苦痛が伴うからです。

進化的合理性より論理的合理性がいつも優れているわけではありません。進化的合理性は速い思考で、論理的合理性は遅い思考です。その場で瞬時に判断しなければならなかったり、論理的に考えるだけの材料が無かったりで、直感で決めるのはよくあること。そして、それが結果として正しかったりするのです。直感はけっこう、頼りになるのです。

とはいえ、現代においては、論理的合理性に従うほうが、長期的にみて利益は大きくなるはず。現代日本で好きなだけ飲み食いする生活を続ければ、いずれ健康を損なうでしょう。

だから私は、普段は自分で作った規律を守り、論理的合理性に従った生活リズムで生きています。

食べたいだけ食べて、飲んで、昼近くまで布団の中にいる。たまにはそんなこともして、快楽を味わいます。でも、本当のところ、やってみてもそんなに楽しくもないのです。

「こんなものだったか」と満足したら、論理的合理性に従った生活に戻るのでした。

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