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「好きなことを仕事にする」だけが正義じゃない

「お前は好きなことを仕事にしろよ。サラリーマンはやめておけ。俺がうちの家系で最後のサラリーマンでいい。」

車の部品メーカーに勤める親父は、僕の将来の話になるといつも口癖のようにそう言っていた。

少年時代、格段好きなことはなかった。漫画も読まなかったし、ゲームは友人付き合い程度で寝る間も惜しむほど熱中はしたことがない。週末はずっと野球をしていたから、相対的に野球ぐらいしか好きなことは思い浮かばなかった。

だから、好きなことを仕事にしろよという親父の言葉は、好きなことが野球くらいしか思い浮かばなかった僕にとって「プロ野球選手になれよ」という言葉と同義だった。幼いなりにプロ野球選手になることがどれだけ狭き門なのかは気がついていたから現実的ではないことは分かっていたが、とりあえず将来の夢が何かを聞かれたら、反射的に「プロ野球選手」と答え続けた。

でも遂に、高校で野球を引退して何も無くなってしまった自分と向き合わなければいけなくなった。野球部は大学に進学し野球を続けるか野球を辞め仕事をするかの二択だった。けれど僕は野球は辞め、大学に進学するというその野球部にしてはマイノリティな選択をとった。

「目的も無いのに大学に行くなんて馬鹿がすることだ。」

野球部の中でも特に仲が良かったチームメイトに言われた。彼は野球を辞め自動車部品メーカーへの内定が決まっていた。「俺の勝手だろ」とその時は笑い飛ばしたが、確かに自分が大学4年間で支払うコストに見合う”何か”を得ることができるか心配だった。

両親にも頭を下げた。中流階級の我が家が私立大学の学費を捻出することがどれだけ苦労をかけるかは分かっていた。高校受験を控える妹もいたから尚更だ。でも両親は、お金がかかる子だ...とボヤきながらも進学を許してくれた。

大学入学に際して、一つだけ自分の中で決めたことがある。

興味を持ったものはとりあえずやってみるということ。

だから旅にもすぐに出たし、DJ用のターンテーブルやドローンを保有し、Macにはプロ用の動画編集ソフトもインストールされている。DIYも好きだからインパクトドライバーはもちろん、電動ノコギリも自前だ。好きなことは頗る増えた。しかしそれらを仕事にしようとは思わなかった。大学5年間で仕事にできるほどの好きなことは結局見つからなかった。

旅先でもブログで稼ぎながら旅を続けている人と出会ってきたし、海外が好きだからとワーホリを長く続けた人もたくさんいた。特に彼らの中には「好きなことを仕事にする」価値観を全面的に肯定し押し出している人が多い。僕も旅をする面子上、一度や二度はそういった生き方に憧れた。けれども「好きなことを仕事にする」ことこそが理念の彼らにとってサラリーマンは弱者として映るらしく、

「サラリーマンなんて搾取され続ける生き方絶対嫌だね。俺は好きなことをして生きるよ。」

知り合いの旅ブロガーの方はそう言っていた。

僕はどうもこの過激とも言える価値観が性に合わなかったし、何よりも自分の親父が侮辱されているような気がしてしまった。確かに搾取されるだけのサラリーマンも少なからず存在するだろう。しかし、目的を持ち、(良い意味で)会社を利用して世の中に価値を届けるサラリーマンだっている。むしろそこを一括りにして決めつけてしまう価値観の方が僕は嫌だった。

裕福ではなかった父親は高校卒業後、本望ではなかったがすぐに働き出した。その会社一筋の人生だ。僕が小さい時はいつも会社の愚痴を言っていた記憶がある。ストレスで円形脱毛症にもなっていた。毎朝鏡の前で禿げた部分と睨めっこをしていた親父の隣で歯を磨いていた小学生の僕は、サラリーマンになったら円形脱毛症になるとも信じていた。

そんな親父がこの数年、仕事を楽しいと言っている。さすがに管理職は早く降りたいようだが、あの親父の口から仕事が楽しいというセンテンスが聞けるとは夢にも思わなかった。半年に一回くらいのペースで飲みに行くのだが、いつも嬉しそうに仕事の話をしてくる。

今年55歳になる親父は髪の毛はふさふさで生意気にツーブロックなんかにしている。白くなった髭もダンディで、僕の知っている親父の中では今が一番輝いているとも思う。

親父の仕事が楽しいという言葉を聞いて、僕は「好きなことを仕事にする」というプレッシャーから解き放たれた。一気に視野が広がった気になった。そして元々好きでもなかった仕事を好きなものにした親父をものすごくカッコイイと思った。

僕は今大学の卒業を控え、ご縁があった外資系のソフトウェア会社に内定が決まっている。親父が”やめろ”と言ったサラリーマンに喜んでなろうとしている。就活をしてみて、僕の好きなことが”人を喜ばすこと”だと気がついた。大義で言えば仕事なんてものは、最終的に人を喜ばすから存在しているのだけど、つい忘れがちになる。だけど僕は人を喜ばすことを目的にサラリーマンを一度極めてみようと思う。そこを楽しいと思うことができた時に僕は親父の背中を越えることができるから。日本をもっと素敵な国にできるから。

P.S.   今月末、親父と旅行に行く予定だったがコロナの状態を踏まえ協議を重ねた結果、中止をすることになった。無念であるがこればかりは仕方がない。また自由に旅行ができる日が来て欲しいものだ。

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