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元大分高校サッカー部監督・朴英雄が指し示した「立ち返るべき場所」

時代の潮流には流行り廃りがありながら、その最先端も多様化したり収束化したりといろんな見え方をしつつ絶えず変化しています。サッカーの世界もそのとおりで、丁寧に追えば明らかにわたし程度の脳の処理能力では消化不良を起こすレベルの情報が、映像や文字としてなだれ込んできます。

道に迷ったら、北極星を探せ。混乱しそうになったら、原点に立ち返る。このように「立ち返るべき場所」があることは幸福です。わたしの場合は、一冊の本になります。

『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』
朴英雄 著/ひぐらしひなつ 構成・執筆
2016年7月 内外出版社 刊

著者の朴英雄氏は当時、私立大分高校の体育教諭で、サッカー部で監督として指導にあたっていました。2011年高校サッカー選手権大会でベスト4進出を果たした際に試合後の爆笑会見により一躍話題になったりもしたので、もしかしたら覚えている方もいらっしゃるかもしれません。独特なキャラの立った愛すべきサッカー人で、とにかくハンパない戦術家でした。


脱線? そもそも線路がないレベル

実はこの本は、企画から刊行まで4年もの歳月をかけて生まれました。わたしがぐだぐだしていたのも一因ですが、それだけ編集と執筆に労力を要した本だったのです。

工程としては、わたしが朴先生から話を聞き、それを体系立ててまとめていく。まずは2012年当時のチーム戦術、朴先生曰く「フリーマンサッカー」とは何か、を語っていただくところから着手しました。

DVDで実際の試合映像を確認しながら場面ごとに掘り下げていこうとしたのですが、サッカーというものは奥が深いので、とめどなくとりとめのない話になる。今日はそこがテーマじゃなかったのに、行きがかり上でゾーンディフェンスの話になって、そこがテーマじゃなかったので戦術ボードも用意しておらず、間に合わせにポケットから出した小銭でいきなりこんな講義がはじまったりもするのです。

こんなふうな話を、カフェだったり(先生はスタバが大好きだった)サッカー部の部室だったり音楽室だったり(サックス演奏が趣味のひとつだった先生はよく音楽室を会議室代わりに使っていた)といういろんな場所で、わたしたちは数えきれないくらい繰り返しました。もはや「脱線」などとは呼べないレベルです。そこにはそもそも線路さえない。すべてが宇宙の原理のようにつながるめくるめくサッカー戦術体系ワールドであります。

ひとつひとつを解体していくと原理原則が見えてくる

何をどう構成すれば読みやすくわかりやすく伝えることができるのか。膨大なメモは積もっていく一方で、しかもそれがあまりに広範囲にわたるので、わたしは長らく苦悩します。

ですが、朴先生との戦術トークを重ねていくうちに、気づいたことがありました。それは、「他者に伝えるためにあらためて説明しようとすると本質的なものが見えてくるのだ」ということ。

たとえばゾーン・ディフェンスとはこんなもの、リアクション・サッカーとはこんなもの、といった具合に、わたしたちはサッカーの概念にそれぞれ呼称を与えています。そのひとつひとつの意味を、その呼称を共有しない人に説明するためにもう一度解体していく作業の中で、サッカーの原理原則が見えてくる。それは、本当には理解していないのに、わかったつもりになっていただけだったのかもしれません。

この本を作りながら、理解のスクラップ・アンド・ビルドを繰り返し、サッカーの本質というものに、少しは迫ることができたと思っています。

サッカーという宇宙の、これは北極星だ

まだまだたくさんのことを教えていただきたかったのですが、残念ながら朴先生は2016年かぎりで大分高校サッカー部監督を退任し、韓国へと帰国されてしまいました。長きにわたりご自身の日本でのサッカー人生につきあわせた奥様に、今度は逆に好きなことをさせてあげたいという、愛妻家の先生らしい理由でした。

退任慰労パーティーで、朴先生(中央)とOBたちと

わたしは相変わらず大分トリニータを中心にサッカー周辺の取材を続けながら、次々に出てくる新しい理論や戦術を理解せねばと努力しつつ、先生がいてくれたらすぐに教えてもらいに行けるのになあと、いまもしばしば思います。思えばポジショナルプレーというものを最初にわたしに教えてくださったのも朴先生でした。その言葉が巷に流布するずっと以前のことで、もっと深く教わっておけばよかったと、悔やんでももう遅いのですが。

サッカーについて考えるとき、迷ったら北極星を探すように、わたしは自分が構成・執筆したこの本を読み返します。立ち返る場所としては何よりも心強い一冊です。


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