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洋上風力ラウンド1の何が悪かったのか?

三菱商事グループがラウンド1の3海域を総取りしてから、業界団体(JWPA)が提言書を出すなどして、政界を巻き込んで、ラウンド2の入札ルールの変更へと発展しました。

JWPAや再エネ議連が言っている「ラウンド1の何が悪かったのか」については、日経新聞が熱心に報道していたように思います。しかし、そこからは真の「ラウンド1の何が悪かったのか」は見えてきません。

真の「ラウンド1の何が悪かったのか」は、経産省・国交省が「実現可能な計画かどうかを正しく審査できなかったこと」につきます。経産省・国交省が実現可能な計画かどうかを見抜けなければ、どんなに価格が安かろうと、どんなに運転開始が早かろうと、その計画はリスクが高いからです。

リスクとは、不確実性のことです。不確実性を見るために、「ラウンド1は予定通りに運開できるか」という観点から、事実を紐解いてみましょう。

ラウンド1は予定通りに運転開始できるか?

三菱商事グループの運転開始日は決して遅くない

JWPA(日本風力発電協会)の提言書では、経産省・国交省が運転開始(運開)日の遅い計画を選んだと批判しています。しかし、これは実務を知らないお偉いさんたちの発想です。運転開始日については、銚子(2028年9月)、三種(2028年12月)、由利本荘(2030年12月)といずれも遅すぎも早すぎもしない妥当な線です。

問題は、三菱商事グループが実現可能な工程を組む能力があるかどうか

風力業界で問題視しているのは、三菱商事グループの運開日そのものではなく、「運開日に見合う動きがない」ということです。運開日に見合う動きとは、「運開日から逆算して引いた工程に従った動き」のことです。

と言われても、一般の読者の方にはピンとこないでしょう。では、また誰に頼まれもしないのに勝手に「もし私が●●だったら」シリーズをやろうと思います。もし私が三菱商事グループの担当者だったら、銚子(2028年9月)、三種(2028年12月)、由利本荘(2030年12月)にどういう工程を引くかをお示ししたいと思います。

銚子市沖の運開日から逆算すると

風力業界の中の人の勝手な妄想スケジュール(銚子編)

銚子は太平洋側にあり、基地港湾は鹿島港です。この海域は、海象が難しく稼働日が読みづらいのですが、冬でも工事できる想定で、工程を逆算してみました。ポイントになる工程は、以下の3点です。

  1. いつまでに基礎部材を基地港湾に搬入するか

  2. それにはいつまでに基礎部材を発注しなくてはいけないか

  3. それにはいつまでにウィンドファーム認証を取っていなくてはいけないか

基礎部材は2027年上期に基地港湾に入れます。それには2026年早々に基礎部材を発注、さらに逆算すると、2022年末までにはウィンドファーム認証の審査をはじめなくてはいけません。

三種町沖の運開日から逆算すると

風力業界の中の人の勝手な妄想スケジュール(三種編)

三種町沖は日本海側にあり、基地港湾は能代港です。日本海側は冬の海象が荒く、1~3月の搬送はできないと考えると、2026年末までに基礎部材を搬入していなくてはいけないはずです。そこから逆算すると、ウィンドファーム認証は2025年9月あたりまでに取得しておく必要があります。そうなると、もうすでにウィンドファーム認証の審査を始めていなければいけないことになります。

由利本荘市沖の運開日から逆算すると

風力業界の中の人の勝手な妄想スケジュール(由利本荘編)

由利本荘市沖は日本海側にあり、基地港湾は秋田港です。由利本荘市沖は、(うろ覚えですが)65基の風車を配する大規模発電所です。このぐらいの数になると、基礎工事は2年がかりになります。風車の荷下ろし、保管、プレアセンブリー、積み出しのサイクルを、SEP船1隻しか横付けできない飯島ふ頭で1年でこなせるのでしょうか。ここは異論があるかもしれませんが、風車も2年かかると想定しました。

日本海側は冬の海象が荒く、1~3月の搬送はできないと考えると、基礎部材の初回搬入は、2026年末になるはずです。そこから逆算すると、ウィンドファーム認証は2025年9月あたりまでに取得しておく必要があります。そうなると、もうすでにウィンドファーム認証の審査を始めていなければいけないことになります。

すでに予定遅れかもしれない

由利本荘市沖については、三菱商事グループとその建設を請け負う鹿島建設が、風車の建設を1年で終わらせる秘策を何かお持ちなのでしょう。そうでなければ、2022年に入ってから地盤調査や風況調査を始めていては間に合いません。

それでも、銚子市沖、三種町沖については、2022年7月現在で、ラウンド1で落選した先行事業者から地盤調査や風況調査のデータを買い上げて、詳細設計を始めて、ウィンドファーム認証の審査を申し込んでいなくてはいけない時期です。

「遅くても安ければよい」は成り立たない(早さ=安さ)

洋上風力の入札ルールの見直しについて、日経新聞が「洋上風力、早さか安さかで論争」と報じました。これについて、「FITの原資になっている再エネ賦課金の国民負担を減らすには、遅くても安い方がいい」という自称ジャーナリストを見かけます。

しかし、建設業界では「開発・建設工程が長ければ高くなる、開発・建設工程が短ければ安くなる」のは、基本です。建設業界においては、早さ=安さです。

では、(実際には遅くありませんが)「遅いけど安い三菱商事グループの価格って何なんだ?」と考えてみましょう。

ラウンド1の総括すべき問題点は、入札制度よりも選考委員の能力

風力業界が三菱商事グループのラウンド1総取りに驚いた理由は、「地盤調査も風況観測もしていないグループが価格で大差をつけて勝ったこと」です。

以前の記事に書いた通り、地盤調査も風況調査もしなければ、まともな設計はできません。設計できなければ、建設コストもわかりません。ということは、ラウンド1は、あてずっぽうの設計で建設コストをはじいて札を入れた事業者が勝ったということになります。それが、遅いけど安い価格の正体です。

あてずっぽうの設計で立てた計画であれば、風力業界の中の人が運開日から逆算した工程(上記)とは、2022年の現時点ですら、合わなくてもおかしくありません。

三菱商事グループが、他の先行事業者から地盤調査と風況調査のデータを買い取らずに、自ら地盤調査や風況調査を始めるとしたら、彼らがウィンドファーム認証に進めるのは、早くて2023年半ばです。その時点で2025年9月あたりまでにウィンドファーム認証を取れる見込みは低いです。しかし、彼らがそのことに気づくのは、おそらく2025年に入ったころでしょう。

そのとき、彼らが「予定通りに運開する見込みがないので遅らせたい」と経産省・国交省に頼んでも、そのころにはラウンド2が決まっているでしょう。そうなれば、経産省・国交省は「基地港湾をラウンド2の事業者が使うから、遅れは認めない」と突き返すでしょう。

そうなったら、三菱商事グループの取る道は1つしかありません。海域の占用許可を返上することです。そんなことになったら、約1GW(ギガワット)分の洋上風力発電が水の泡です。自称ジャーナリストのいうような「遅くても安い」は、洋上風力の世界ではありえないのです。

2030年までに5.7GWの目標の18%を失ったら、経産省・国交省は、どのように責任を取るのでしょうか。そのときになって、あてずっぽうの設計を見抜けなかった選考委員のせいにでもするつもりでしょうか。これが、真の「ラウンド1の何が悪かったのか(問題点)」です。

経産省・国交省は、ラウンド2から選考委員を事後公表するように、入札ルールを変える見込みです。調達ポータルで、選考業務と思われる案件(0000000000000329954)が募集されています。ソフト業務にしては大きな2.5億円もの予算をつけたのですから、経産省・国交省は、あてずっぽうの設計を見逃さないチームを選ぶ責任があります。


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